時計の針が頂点を指した。
予想はしていたけど、やっぱり今日の帰りは遅いらしい。
ただ、終電を逃して始発で帰ってくるとか、会社にそのまま泊まって帰って来ないとか、そういう時は日付が変わる前に連絡がある。それがないってことは終電には乗れたんだろう。
なら、後少しで帰ってくるはず。ホットミルクでも飲みながら帰りを待とう。
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何かが触れる感触。安心する匂い。
あれ、私、どうしてたんだっ、け。
落ち着く暖かさが気持ちよくて、身を寄せる。
「……っ。可愛すぎだろ……」
独歩の、声がする。
そうだった、独歩の帰りを待ってて、それで。
ゆっくり目を開けるとまだ着替えてないスーツの独歩と視線が合う。
「ごめん、寝ちゃってた……」
「いや、那由多も疲れてるのに、待とうとしてくれてありがとな」
むしろ俺の方こそ起こしてごめん、なんて独歩が謝る。
独歩は悪くないのに。
机の上のマグカップはまだ軽く湯気が昇っていて、本当にわずかな時間で寝てしまったことを知る。
「お風呂も入れるし、ご飯も一二三が作ってくれたけど……」
「風呂、は明日の朝でいいや。飯は……少し食べる、けど。その前にちゃんと話、したい」
独歩と真っ直ぐに視線が合う。多少の不安こそあれど、思ったより揺らいでなくて安心した。
つい数時間前、一二三に話した時と同じようにソファに並んで座って、まずは昔話、次に今日の話、と。
話し終えてちらりと横の彼を窺うも、独歩は落ち着いてて。
「思ったより、落ち着いてるね」
ふとそんな言葉が出てしまった。
「なんだよ、もっと取り乱して欲しかったのか?」
「そういう訳じゃないけど」
「昼間に、一二三から『その同期、前に那由多に告白してるかもしれない』って聞いて、その時は凄く焦ったし目の前が真っ暗にもなったし……でも」
「でも?」
「……那由多は、そいつに告白されても俺を選んでくれてたってことなんだな……って思ったら、なんか、安心して」
ボソボソと呟くように言った独歩は、そっぽを向いてしまった。赤くなった耳が癖のついた髪の間から見える。
「一日の大半、那由多がそいつと一緒っていうのは少し、いやかなり、だいぶ嫌だけど……仕事だしな。仕事なのにそういうこと言い出したら俺だって仕事中は居たくもないハゲ課長といる訳で、俺はハゲ課長と一緒なのになんでそいつは那由多と居られるのかとか思うけど……。でも、一日の終わりに同じ場所に帰ってきて一緒に居れる、のは俺だけ、だから。なら、まだ……まだ我慢出来る……」
「……私はちゃんと此処に、独歩のところに帰ってくるよ」
「あぁ、だから、俺は大丈夫」
那由多は隠し事はするけど嘘はつかないからな、と私の肩に顔を埋める。
少し、根に持たれてるらしい。
「言ってなくてごめんね」
「……今なら、当時言われてたら今以上に取り乱してるのがよく分かるから……俺を想って言わなかったのもわかるし……」
「これからはなるべく伝えるようにするから」
「なるべく、じゃなくて絶対にしてくれ……。俺も冷静に聞く努力はする……」
ぐりぐりとおでこを肩に押し付けてからゆっくりと立ち上がる独歩。既に解けかけていたネクタイをそのまま外して、首元のボタンを少し緩める。
「俺、飯食ったら寝るから……先に寝てていいぞ。今日初日で疲れてるだろ?」
「ん、ありがと……そうする」
時計を見るとそろそろ1時を回りそうになっていた。さすがに寝ないとまずい。ヨコハマは遠い。その分朝は早くなる。
独歩に続いて立ち上がり寝室へ足を向ける。
「あ、那由多待って」
「なに?」
手を掴まれて、足が止まり、振り返ると同時に唇に感じる熱。
呆然としてるうちにそれは離れて。
満足気な表情を浮かべる独歩と目が合って。
「おやすみ、那由多」
「お、おやすみ、なさい」
心臓に悪い
(「まだドキドキしてる……」)
(「なんだ、寝てなかったのか」)
(「あんなことされて平気な顔して寝れないでしょ……」)