03

「正気か?」
「そこまで言わなくても……色々事情があるから」
「シンジュクからの交通費だって安くはないでしょう」

引っ越す予定はない、と告げただけなのに運転席の銃兎はさっきからずっとこの様子だった。

「そりゃかかるけど、今の家から駅近いし……家賃折半だから交通費の余裕くらいはあるし」
「……同棲してたんですね」
「2年と少しくらいになるかな」

銃兎の傷を抉りそうで、あまり独歩の話はしたくないと避けていたのだけど、まぁ仕方ない。

「H歴になってから、ですか?」
「そうそう。色々変わったからね」

2年前に社会の仕組み自体が変わってしまった。
その頃の独歩だってそこそこ稼いでいたはず。それでも政府が変わってから私に対して、税金があがってしんどい、と金銭面の愚痴を零すことが多くなった。だったら2人で住んだ方がお互いのためじゃないか、と。私の名義で家を借りて家賃光熱費その他諸々を折半すれば確実に出費は抑えられる、という判断だった。

銃兎はそれっきり黙り込んでしまったので、沈黙が痛い。
何か言う気にもなれなくて、端末を取り出す。マナーモードにしていたからか、気付かなかった通知が1件。

『今日は早く帰れた。今帰ったけど、那由多はまだなんだな。これから簡単に飯作って待ってる』

時刻を見てもまだ19時半を回ったところ。メッセージ送信時刻は10分くらい前。これは珍しい……。
車の窓から外を見ると家の近くまで来ていて、あと少しで家に着くよ、と返事をいれて端末を仕舞う。

ふと視線を感じて銃兎の方を向くと信号待ちの彼と目が合う。目が逸らされると同時に信号が変わり、すぐに車が走りだす。

「彼氏さんからですか?」
「……えぇ、まぁ。珍しく今家に居るみたいで」
「珍しく?」
「生活リズムが違うせいで、私が帰った時に家に居ること、殆どないから」
「……よくそれで何年も続いてるな」
「ほっとけ」

生活リズムというか、大体は独歩の会社のせいだけど。
車が止まった。軽く礼を言ってから車を降りる。ドアを閉めると、乗っていた助手席の窓がなめらかに開き、銃兎の声がする。

「明日事情聴取よろしくお願いしますね」
「はい。寂雷先生の所に行くのは慣れてるので大丈夫だとは思いますが。送って貰ってすみません、お疲れ様です」
「いえ、問題ないですよ。ではおやすみなさい」

おやすみなさいと挨拶だけ返すと、車は走っていった。

「那由多」
「えっ」

そのまま少しぼーっとしていたところに後ろから声が掛かる。振り向くと部屋着にサンダルの独歩がマンションのエントランスから顔を覗かせていた。

「おかえり」
「ただいま……どうしたの独歩」
「もう少しで帰ってくるって言うから、下まで迎えに来ただけだけど……迷惑、だったか?……そうか、そうだよな。仕事終わって帰ってきて陰気臭い30手前のおっさんの顔なんか見たくないよな……」
「いや、そんなことないよ、ありがとね独歩。嬉しい」

目を瞬いてから、そうか、と緩く笑う独歩。普段より早く帰れたからか、独歩は柔らかい雰囲気を纏っていた。ネガティブモードもいつもよりすぐ解除された気がする。

「帰り、車だったのか?」
「仕事の都合でシンジュクに来てて、そのまま直帰になったから上司が送ってくれたんだよ」
「へぇ…」
「ご不満?」
「いや、車で帰ってきた分、那由多が早く帰って来てるわけで……俺的に、う、嬉しいから、文句は言わないでおく」

おや、これはとても照れてらっしゃる。顔を覗き込もうとしたら凄い勢いで逸らされてしまった。残念。

「ほら!飯、出来てるから早く入るぞ!」
「ふふ、はぁい」


送迎と出迎え

(折角早かったのに晩飯焼きそばでごめんな)
(なんで?焼きそば好きだよ?)
(こう……なんというかもっと凝ったものをだな)