「ごめん、待たせた?」
「いや、俺も今終わったところで……お疲れ様」
「ありがと。独歩もお疲れ様です」
ゆっくり病院を訪れ、それぞれの仕事をこなしてお昼の時間。病院中庭のベンチで那由多特製の弁当を開く。午前中走り回っていたのも一因だろうが、食べる前に腹の虫がなった。箸で掴んで落とさないよう、慎重に口へと運んでいく。どのおかずも優しい味がして美味かった。
たわいもない話を那由多としながらも、弁当の中身は着実に減っていく。そうなると必然なのか、このあとの話になった。
「独歩はこの後会社行くんだよね?」
「ん……そうだな…出来れば行きたくないけどそうも言ってられないしな……どうせ俺がいない間にあのハゲ課長が俺の机の上に仕事を積み上げているんだろうし……今日は早く帰れなさそうな気がする……」
「……なんか、ごめん」
「いや、お前は悪くないから……那由多、ヨコハマまでいつも電車だし、駅まで一緒に行けたりするのか?」
「あー……ここのチンピラさん達移送するのに上司が来るからそれに同乗してヨコハマに、かな……」
「……そう、か……」
重たい空気になってしまったことを悔やむ。平日の昼を同じ場所で取れただけでも今となっては珍しくて貴重な時間だったんだから、こんな重い空気にしたいだなんて全く思っていなかったのに。
「今日、早く帰れたらオムライス作る予定だから、そんなに気を落とさないで、ね?」
「……オムライス」
「うん。待ってるから無理しない程度に仕事してきてね」
「なんかそれ、難しい事言ってないか……?」
「頑張れ、っては言いたくないからなぁ。独歩もう既にめっちゃ頑張ってるんだもん」
那由多の手が伸びてきて、両手で俺の頭を掻き回す。だけどその手も乱雑ではなくて。優しさが籠ってる気がした。
「だから、無理はしないでね」
「……ん。わかった」
手が離れる前に軽く俺の髪を整えて。
「俺、そろそろ行く、から」
「もうそんな時間か……入口まで見送る」
「那由多まだ昼休みなんだろ?ここでいいから」
「んじゃせめて廊下に入る所まで、ね」
中庭への出入口まで並んで歩く。でもそんなのあっという間で……。あぁ仕事行きたくない……。
「じゃあ……ここで。那由多も無理しないでな」
「うん。独歩、いってらっしゃい」
「……あぁ。いってきます」
那由多の一言で頑張ろうと思える俺は相当彼女に惚れ込んでいるらしい。
病院の出口に向かって廊下を歩いていると、正面からスーツの男性がこちらに向かってきていた。病院内でスーツの人を見ることはそう無く、いても俺みたいな営業くらいで……とにかく邪魔にならないように廊下の右端にズレる。特に目が合うことも無くすれ違う。うわ、背高いな……。一二三より高いんじゃないか……?
「那由多」
「銃兎さんお疲れ様です」
ふと、後ろから声が聞こえた。那由多の名前を呼ぶ声とそれに答える彼女の声。そういえば、さっきの人のスーツ那由多の着ているものと似ていたよう、な。
歩く足を少し緩めて廊下の角を曲がる。曲がりきる前にちらりと後ろを窺う。遠くにさっきの人の背中と、向き合って話す彼女の姿。もしかしてあの人、那由多の上司だったのか……!?
すっかり足が止まってしまって呆然と見ていたから、だろうか。那由多と目が合い、彼女は苦笑して小さく手を振る。
見ていたことに気付かれた俺は、那由多の上司に気付かれる前に足早に病院をあとにするのだった。
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「……?誰か居たんですか?」
「ちょっと顔見知りの営業さんがいまして」
話し声で振り向いたんだろうけど、曲がり角で足を止めた独歩と目が合った。銃兎が振り向いた時には既に走り去っていたけど。あとちょっとだけ独歩の帰る時間が遅かったら鉢合わせていたと思うと少し背筋が冷える。いや、別に隠しておきたいわけじゃないけど……今回は寂雷先生が用意してくれたサボり時間だったわけだし、あまりバレたくはない。
「そうですか……」
「寂雷先生の所に移送手続きの確認しに行きましょ。で、早くヨコハマ戻りましょう」
「ですね。貴女の机の上に仕事も溜まっていることですし」
「……こっちで仕事してたんですし、それは勘弁してくれませんかね……」
寂雷先生の元へ向かうまで軽口を叩き合う。
さて、気持ちを切り替えて仕事しようか。
日常に戻る
(「……本当に仕事溜まってるんです?」)
(「冗談に決まってるでしょう」)