独歩BD

時刻は11時を少し回ったところ。勿論夜の、だ。今日も仕事が終わらずに大量の残業を片付けてから帰宅中。

きっと何もかも俺が悪いんだ。ハゲ課長の機嫌が悪いのも、プリンターが壊れて仕事が進まなかったのも、電車が止まって取引先に遅刻しかけたのも、会社に戻る途中にトラックに泥水をかけられたのも、それを課長にチクチクウザったらしく説教されたのも、全部全部俺が悪いんだ……。

家に向かって歩きながら深いため息をつく。……那由多は帰っているだろうか。ヨコハマに転勤になってから、シンジュクに居た頃より残業が増えている気がする。だから、俺が極々稀に早く帰っても那由多はまだ帰っていない、ということも、ある。帰る連絡はお互いにしたりしなかったり。今日は連絡が来ない日だった。俺も連絡入れるには遅くなり過ぎたし、していない。もう11時だし那由多も帰ってきているとは思うが……。マンションが目に入る。見上げると自宅の窓に明かりが灯っていた。良かった。帰ったら早く那由多の声が聞きたい。


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「独歩ぉ!おかーえり!」
「……なんでお前がいるんだ、一二三」

玄関を開けたら、俺が電気をつける前から明るくて、真正面にエプロンをした一二三が仁王立ちしていた。
靴を見る限りは那由多も帰ってきているみたいだけど。

「独歩ちん、お疲れ様!とりあえずお風呂入ってきなー!」
「いや、俺飯食いたいんだけど……」

仁王立ちの一二三はリビングへと通じる道から退けようとしない。そのまま風呂場の方へと誘導しようとしてる。……あれ?一二三のそのエプロン……。

「飯は後!ほらほら!早く入ってきちゃいなってー!」
「うわっ……一二三っ!押すなって!」
「俺っちのオシゴトはー、独歩ちんをお風呂に送り届けることなのでー」
「分かった、分かったから!なんでか知らんが入ればいいんだろ入れば!」
「うんうん。それでよし!」

よく分からないままに、脱衣場に押し込まれてしまった。ご丁寧に脱衣場に着替えまで置いてある。なんなんだよ一体……。

さっきの一二三のエプロン、那由多が持ってる奴の色違いだった、な。最近通販でシンプルで可愛いのが安く売ってたから買ったんだーって言ってた気がする。

……もしかして俺は愛想を尽かされて、那由多は一二三と付き合い始めているのでは……?
俺に連絡もなく一二三が来ていて、お揃いのエプロンを買ってあって、連絡もなしに帰ってきた俺を風呂場に追いやっている間にリビングを片付けているのでは……。いや、一二三と那由多に限ってそんなことは有り得ないだろ、何考えてるんだ俺は……。

熱いシャワーを浴びて冷静になる。……冷静に、なろうと心がける。悪い考えが頭を回ってるのは明らかだ。ダメだ、考えるな。
一二三が付き合うなら那由多しかいない、とか。
那由多はこんな俺に愛想尽かしても仕方ない、とか。
そんな思考が止まらなくなる。あぁもう、駄目だ。

那由多の、声が聞きたい。


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風呂から上がると、当然ながらリビングへの道を塞ぐ一二三はおらず。脱いだスーツと通勤鞄を片手に抱えてリビングへと足を踏み入れる。壁に掛けられた時計は日付の変わる10分前。キッチンに立っていた那由多は一二三と同じエプロンを身につけていて……。

「おかえり、独歩」
「……た、だいま」
「変な顔してどうしたの」
「あ……いや、なんでもない。一二三は?」
「帰ったよー」
「え、もうこんな時間だろ……?いつもなら泊まっていくのに」
「まぁ今日くらい一二三も気を使ってるんじゃない?」
「何でだ?」
「……さぁ?」
「なんか……なんか隠してないか、那由多」
「何も隠してないよ。ほら、ご飯食べよ」
「那由多、俺は真面目に……っ!」
「そういう話はご飯の後で、ね?」
「…………わかった」

那由多は何か隠してる、と思う。きっと飯を食い終わったら俺は別れを告げられるんだろうな……一二三も気を使って、俺が振られる瞬間に立ち会わないよう帰ったに違いない。机を見るといつもより数段豪華な食事。一二三と二人で作ったんだろう。最後だからって、こういう特別感出さないで欲しいんだが……。

「……いただきます」
「はい、召し上がれ」

那由多と一二三の料理が美味くないわけがなくて。

「美味い……」
「ふふ、良かった」

向かいに座って笑ってる那由多の顔を見るのも辛くて。
料理に集中してる振りをして視線をズラす。きっと不自然に思われただろうけど。

ピピッ

電子音が鳴る。俺のスマホじゃない。那由多の、か?

「独歩」
「……なんだよ」
「誕生日おめでとう」


「………………は?……えっ?」


混乱したまま、毎朝那由多が組み替えてる万年カレンダーを見る。5月14日。時計を見ると針は全て上に向いていて。日付が変わったんだから、もう今は15日で。5月15日は、俺の、誕生日なわけで。

「やっぱり自分の誕生日忘れてたな?」
「全く覚えてなかった……」
「んで、余計なこと、考えてたでしょ?」
「ひ、一二三が……っ!那由多とお揃いのエプロンなんかしてたから……!」
「ネガティブモードのスイッチはそこだったかー」

ぽつりぽつりと風呂に入って考えついたことを零していくと、那由多に尽く否定されていく。

「独歩と別れるなんてこれっぽっちも考えてないから」
「うっ……すまん……」
「責めてはないんだけどね……私もごめんね」
「那由多は悪くない、だろ」

悪いのは俺だ。いつもと同じように勝手に思い込んで勝手に落ち込んで勝手に不機嫌になっていた。那由多は、俺のためにやっていたのに。

「それでも、だよ。本日の主役を不安にさせたのは私だからねー」
「本日の主役って」
「そりゃそうでしょー」
「そう、なのか……」
「2人とも明日も仕事だし、出来ることってご飯を豪華にするくらいしかなかったからさー。一二三がどうしても当日空けられないっていうから、前日仕込んで日付変わったらすぐお祝いしようと思って」
「明日っていうかもう今日だけどな」
「こら、揚げ足とらない」

軽く頭を小突かれる。ささくれ立っていた気持ちがじんわりと元に戻っていく。

「改めて誕生日おめでとう、独歩」
「あぁ……ありがとうな、那由多」


Happybirthday!!!

(「帰ってきたら独歩の言うことなんでも聞いたげる」)
(「え、いいのか……?」)
(「本日の主役ですから」)