あれから2週間。
一二三をうちで保護した後、説得に説得を重ねて、ようやく3人で住む同意を取った。最初数日は渋っていた一二三だったが、ある日の朝起きたら了承してくれていた。急に意見が変わったから少し驚いたけど、きっと独歩が何か言ってくれたんだろう。
問題はまだストーカーが捕まっていないこと。隙を見つけては一二三に攻撃を仕掛けてくる彼女は、警察にも見つけられない。後輩たちも尽力してくれてはいるんだろうけど、ここまで厄介な相手だとは誰も思っておらず。結局、独歩と話していた通りに寂雷先生へ相談することになった。今日休みが揃った独歩と一二三に、寂雷先生への相談とか、不動産屋へ引越し先探しとかに行ってもらっている。私も仕事が終わり次第合流することになってる。こないだの修羅場が嘘のように仕事は少ないし、早く終わらせて帰ろう。
「九十九さん、ちょっといいですか」
「はい?」
気合いを入れ直したところで声をかけてきたのは銃兎の部下。つまりは私の同僚にあたる男性だった。
「銃兎さん、火貂組に行ってるんですよね?何時に戻るか分かります?」
「さっき戻る連絡もらったので……あと30分くらいだと思いますよ」
「そう、ですか……」
「何かありました?」
「…………っ」
うちの部署には、巡査部長の銃兎か補佐である私にしか処理できない仕事が存在する。だから銃兎が外に出る時には私を連れていかずに署内で待機していることもある。問答無用で連れ出されることの方が圧倒的に多いけど。
多分、彼の用件はその類だ。でも私に頼るのは癪、ってところだろう。
前からヨコハマにいる彼らにとって、私は目障りでしかないんだから。この彼も、他の人も、銃兎の補佐は自分がなれると思っていたらしい。なのに銃兎が他所から全く見知らぬ女を連れてきた。だから皆私のことが気に食わない。その気持ちは分からなくもないけど、仕事に影響の出ない範囲でやって頂きたい。あぁシンジュク帰りたい。
「……また例のヤツが豚箱に入ってて銃兎さんを出せ、と」
「えっまたですか」
「はい」
「……行ってきます。銃兎さんには連絡しておきますので」
左馬刻さん、仕事増やさないでください。
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「なんだ、那由多か。銃兎の野郎はどうしたよ」
「銃兎さんは外回り中です。あと少しで戻ってくるはずなのでそれまで大人しくしててくださいね」
「那由多が出してくれたっていいんだぜ」
「残念ながら私だと銃兎さんのような手段を使えないので、左馬刻さんを出してあげられるのは最短で2日後になりますが」
左馬刻さんは留置場で捕まっているとは思えないほどの尊大な態度。転属当初は恐る恐る話してたけれど、最近はある程度の冗談も言えるようになってきた。
「チッ使えねぇな。……おい、タバコ持ってねぇか?」
「あいにくと非喫煙者でして。それと、留置場は禁煙ですよ左馬刻さん」
「細けぇことはいいじゃねぇか」
左馬刻さんが入っている個室の前で端末を開く。通知……は来ていない。あの2人、相談と家探しは順調なのかな。
「上司が上司なら部下も部下だな。こんな所でサボりかよ」
「今日はそこそこ暇なんですよ。今の私の仕事は、銃兎さんが来るまで左馬刻さんの相手をすることなので仕事はしてます」
左馬刻さんの件を、銃兎にメッセージで飛ばしておく。既読はつかない。運転中だろうし、仕方ない。適当に話し掛けてくる左馬刻さんを適当にあしらいながら銃兎を待つ。お互いになにか理由があって話しているわけでは無いので、本当にたわいもない話。
端末が鳴る。どうせ銃兎だろうと勝手に目星をつけ、誰からかを見もせずに開く。
『先生への相談終わった。夕方、先生の仕事が終わってから改めて相談することになった。これから不動産屋行ってくる』
あ、独歩からだった。
メッセージに添えられていたのは、夕方に相談する時の待ち合わせ場所と時間。このまま何も無ければギリギリ間に合うか、間に合わないかくらい。仕事ないなら帰りたいなぁ。
と、考えていると入口が開く音がする。構造的にそちらを窺うことは出来ないが、入ってきた人物はそのままこちらに向かっているようで、靴が鳴る音が留置場の中に響く。
「那由多」
「銃兎さんおかえりなさい」
「よぉ悪党警官。元気してっか?」
ただいま戻りました、とこちらに歩いてくる銃兎を見ながら端末を確認する。送ったメッセージにこっそりと既読がついていた。読んだなら返事くらいくれてもいいんじゃないでしょうか、我が上司様……。
ポケットから煙草を取り出して咥える銃兎に条件反射でライターの火を差し出す。このやり取りも、なんだかんだで慣れてしまったなぁ……。
「その悪徳警官に世話になってるのは誰だよ、このボンクラが」
「そうカリカリすんなって。とりあえず俺にも1本よこせや」
「禁煙ですって」
「目の前の奴に自分で火ぃ差し出しといて何言ってやがんだよ那由多」
銃兎が左馬刻さんに煙草を渡したのを見て溜息をつきながら火を差し出す。煙草を吸いながら、2人がいつものやり取りを始める。多分もう私ここに居なくてもいいよね。銃兎が端末を取り出したところで声をかけた。
「じゃ私は戻りますね」
「えぇ、左馬刻の見張りありがとうございました」
「いえ」
「そうだ那由多、これから左馬刻と外に出るのでしばらく戻りません。定時までには帰ってこないと思うので貴女は時間になったら上がって大丈夫ですよ」
「また出かけるんですか」
「そろそろ理鶯に会わせないと間に合いませんから」
「……なるほど」
確かに暇だけど。左馬刻さんを理鶯さんに合わせるのは仕事なんだろうか。見回りついでにってことになるからいいんだろうけど。挨拶もそこそこに留置場を出る。席に戻ると相も変わらず刺さる冷たい視線。威嚇するくらいなら結果で勝負してくればいいのに。
定時まであと1時間
(早く帰りたい)
(シンジュク署に異動希望出したい)
(多分揉み消されるけど)
(あーあ、明日は休みだしさっさと帰ろ)