低い声。警戒心が滲み出たその声が告げる通りに、動けば痛い目を見ることになるのは明らかだった。
恐らく、罠の類いだ。獣用ではない。敵対者、人間を捕えるための罠。一歩でも踏み出せば即座に絡め取られてしまうだろう。未だに姿を現さないが、ここに住む人は一体なんなんだ……?
「……ふむ。貴様等はここに何をしに来た?」
「私達は貴方に会いに来ました。無論、貴方と敵対するつもりはありません。姿を見せてはいただけませんか」
「小官に……?何の用件だ」
銃兎の呼び掛けに応えて現れたのは、異国の血を感じる高身長の男性。迷彩服を身に纏い、その背には今時見ることも殆どなくなったライフル銃を背負っている。
あぁ、これはマイクがなくとも都市伝説的な噂になってもおかしくない……。
銃兎がここまで来た事情を説明すると、彼も納得したようで、私達へ向けられていた罠を回収してくれた。ちなみに結構な量があった。
「すまないことをした。その噂は小官の本意ではない。以後気をつけるとしよう」
「……えっと、お名前をお伺いしても?」
「失礼した。小官は毒島メイソン理鶯という」
話を聞くと、彼は元軍人で軍部の解体後から、ここで軍人としての生き方を忘れないようサバイバル生活をしているという。噂になっていた『少し変わったヒプノシスマイク』は軍用にカスタムされたヒプノシスマイクプロトタイプ……。
正直、逮捕するには充分である。そもそもこの森は、ヨコハマディビジョンが所有している森なので彼は不法侵入していることになる。中王区が兵器の製造を禁止したが為になかなか見る機会がなくなったライフルも立派な銃刀法違反だ。
横目で銃兎を窺うと、口元が楽しそうに弧を描いている。
あ、これは面倒なことになる気が。
「ここがディビジョン管轄の森だとは知らなかったな」
「理鶯、本来なら立ち退きをお願いしなければならないのですが、その経歴を見込んで貴方にお願いがあります」
「なんだろうか」
「まず貴方に会わせたい人物がいます。後日連れて来ますので、その時にまた話を聞いてくださいますか」
「……構わない。小官は余程のことがない限りはこの森から動く気は無い。いつでも連れてくるといい」
「ありがとうございます。では今日はこの辺りで失礼します」
那由多帰りますよ、と声をかけられ理鶯さんに軽く頭を下げてから銃兎の後を追う。理鶯さんの野営地が見えなくなってから銃兎が口を開く。
「那由多。今日ここで見た事は内密にお願いしますね?」
「……何をするのかは聞いてもいいんですか」
「理鶯を左馬刻に紹介します」
「チームの3人目、ですか」
「えぇ。左馬刻があまりにも真面目に探さないので、私も困り果てていまして。理鶯なら申し分ないでしょう」
ディビジョンラップバトル、か。
左馬刻さんと銃兎がチームを組んでいて、残り1人を探しているというのは知っていたが、ヤクザ警官元軍人、なんて色んな意味で凄いチームになりそうだ。
「まぁ毒島さんが相当なスキルを持っていそうなのは同意しますが……左馬刻さん、そんなに真面目に探そうとしないんですか」
「それはもう。この間は『その辺のカスみたいな奴を入れるくらいなら那由多を男装させて入れた方が万倍マシだわ』なんて言ってましたから」
「……勘弁してください。彼が左馬刻さんに認められることを祈ってますよ」
「那由多はあまり興味無さそうですねぇ」
「そりゃ、私には関係ないですから」
こうして、ヨコハマの森に現れる不審者の噂は『最近引っ越してきた住民が散策している姿』として処理された。本人にあまり怪しい姿での外出は控えるように提言した、と一言添えて。
本日の報告は八割虚偽
(「銃兎さん、報告書これで本当にいいんですか」)
(「えぇ、問題は無いですよ」)
(「なんでこれが通るんだ……」)