『明日8時、駅前で』
そんなメッセージが来たのが昨日の深夜。
用件だけ。それ以外は何もない。返事を送ったが未だに既読すらつかない。見れないくらい忙しいのか。まさか転勤一日目で修羅場に放り込まれるんじゃないだろうな、とか思ったけど警察職務なんていつも修羅場みたいなものだった。
時刻はあと十分と少しで8時を回る。
そろそろ到着の連絡を入れてみようかと端末を取り出したところで目の前が陰る。
「九十九 那由多さん、ですね?お変わりないようで何よりです」
「……お久しぶりです。入間銃兎巡査部長」
あぁ、お互いに変に大人になったものだ。
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黒いスーツ、グレーのシャツ、黒いネクタイに赤い手袋。
そんな真っ黒な姿で現れた我が同期、入間銃兎巡査部長に連れられて、近くに路上駐車されていた彼の車の助手席に乗り込み、一息。
「巡査部長ともあろうお方がこんなところに路駐とは」
「肩書きで呼ぶのやめていただけませんかねぇ。同期の仲じゃないですか」
「入間さんこそフルネーム呼びしてきたじゃないですか」
「下の名前の一致するそっくりさんだったら嫌でしょう」
「そんな偶然あります?」
「万が一、ですよ」
車を出しながら軽口を叩き合う。
卒後もメッセージでのやりとりはあったが、面と向かって話すのはかなり久しぶりなはずなのに、そんな空白なんて無いかのよう。
敬語と呼称に距離を感じなくはないが、それは仕事であり仕方の無いこと。
「とりあえず署に持っていく予定の荷物は車に置いておいて結構です」
「どこか直行ですか」
「……今日会わせる予定ではなかったんですが、どうしても、と」
「忙しそうだったので修羅場かと思ったんですがそんなことないみたいですね?」
「私が仕事を溜め込むように見えますか?」
「全く」
「修羅場というほどの修羅場はそこまでありせんよ。外部から持ち込まれない限りは。今日の案件も外部の関わりのひとつですが」
赤信号で停止。彼が助手席側ダッシュボードから数枚の資料を取り出す。チラリと横目で窺うと、一瞬だけ目が合った。既に視線は前を向いているが彼は少しだけ笑っているような気がした。
「あと数分で着くので目を通しておいてください。最悪3枚目の名前と顔だけでもいいので覚えておいてくださいね」
「記憶力は自信ありますよ、私」
「そういえばそうでしたね」
ここまで。
何事も無く会話が進むとは思わなかった。
5年も前のこと。私の中でも彼の中でも無かったことになっているのならそれでいい。
渡された資料に目を通す。
1枚目が『指定暴力団 火貂組概要』、2枚目が『火貂組 組長 火貂退紅』、そして1番大事だと思われる3枚目の『火貂組 若頭 碧棺左馬刻』。
「入間さんが火貂組の担当だということはわかりましたが、今からこの碧棺左馬刻の所に?」
「えぇ。ようやく信頼出来る部下が出来そうだと伝えたら、とっとと会わせろ連れてこいとギャンギャン騒ぐので、お目通しだけは済ませておこうかと」
信頼出来る部下。それが私ということなのか。
ヨコハマ署内には彼が部下に抜擢したいような人物はいなかった、ということになる。
「……入間さんのご期待に添えるよう、十全を尽くしますよ」
「貴女なら大丈夫でしょう。シンジュク署での活躍、ヨコハマでも度々話題になっていましたから。そうじゃなかったら、わざわざ各所に根回しして引き抜いたりはしません」
ハッキリとそう言い切られる。度々話題に……って何が言われていたんだ。心当たりは……まぁ、ない、訳では無いが。
「さて、着きましたよ」
「あ、はい」
ボーッしてると車が停車する。駄目だ、これじゃいけない、シャンとしなければ。仕事中だと切りかえ車を降りる。
着いたところはヨコハマ繁華街の雑居ビル。
さぁ、火貂組の若頭とご対面だ。
一日目からハードモード
(「いきなり関係拗らせないように、慎重に」)
(「左馬刻の奴、余計な事をしなければいいがな」)