執心。
1.ある事柄に心が強く引かれること。
2.特定の人に強く惹かれていることをからかい気味に言う言葉。
現実逃避して脳内辞書を開いてみても現実は変わらない。
目の前の上司はブチ切れて今にも若頭の胸倉でも引っ掴みそうな剣幕だし、相対する若頭も若頭で煽るかのような余裕あるガラの悪い笑みがもはや尊敬に値する。
それにしても上司の態度からして、若頭の冗談というわけではない、のか?
5年。小学生は高校生になるし、中学生は成人するような年数。その期間、銃兎は変わらなかった、と?
もしそれが本当だとして、公私混同して想いを寄せる相手を引き抜くようなことをする人ではないのは、分かってる、つもりだ。
「(そんなまさか、ね)」
唖然としてるとキレてる上司がマイクを取り出す。応戦するように若頭も動く。流石にそれはマズい。
「ストップ、です」
「っ……那由多、」
「こんなところでマイク取り出して私闘なんて、勘弁してくださいよ入間巡査部長」
マイクを構えた上司と若頭の間に割り込み静止をかける。正直、命知らずな行動なのは分かっているが、こっちもラップバトルは慣れているし、ある程度は耐えられるだろうとの判断だった。
「えっと、碧棺さんも」
「左馬刻でいい」
「では左馬刻さん。ここで争うのはお互いに利がないのでは?」
「銃兎とやりあうのは別段珍しくもないんだがな。ま、新入りのてめぇに免じて引いてやんよ」
「ありがとうございます」
なんだ、いつもの事だったのか。仲裁して損したかもしれない。この剣幕がいつもの事っていうのは聞かなかったことにしたい。
さて、問題は我が上司なのだけど。
改めて彼に向き直るが、視線が、合わない。私を通り越して左馬刻さんを見ていた。
「今日は他に用事はありませんね?」
「ねぇよ。銃兎が引き抜いた奴ならチームに見合うような実力なんじゃねぇかと思っただけだしな」
「そういうことでしたか。では行きますよ」
「あ、はい。えっと左馬刻さん、これからよろしくお願いします」
足早にここから去ろうとする上司の背中を追いながら、左馬刻さんに声をかけ、軽く頭を下げる。彼はヒラヒラと気だるげに手を振ってくれた。
ただの顔合わせだったはずなのに、なんだかとても疲れた。
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車に戻って大きく息を吐いた彼が一言。
「……そういう理由で引き抜いた訳ではないんですよ」
「まぁ……左馬刻さんへの説明で高評価頂いてるのは納得しましたし……どちらかというと未だに、の方が気になりますが」
「あの後、貴女以上の女性と出会わなかった。ただそれだけですよ」
苦い顔のまま、そう告げた彼の横顔は仄かに赤みがかっていて。あの日でもこんな顔はしてなかったのに。
「銃兎、その」
「あの時に返事は貰ってます。ですから、那由多が気にする必要はないんですよ」
「……そっか」
「それとも返事が変わったりしました?」
からかうような視線とぶつかる。
「それ、は」
「冗談ですよ。私は2回も振られるのを許容できるほどマゾじゃないですから」
そんなの、私がもう一度振るのが分かってるみたいじゃないか。いや否定はできないけれど。
人の表情から考えを読まないで欲しいんだけど、な。
「外回りの用事は済んだので署に向かいますが、何かあります?」
「いえ、大丈夫です」
「分かりました」
署に着いたらまず荷物整理。その後は銃兎の指示を仰いで。午後からは普通に仕事が出来ることを期待したい。
「それと」
「はい?」
「他のやつが居ない時なら普通にしてていい。敬語も敬称も必要ない」
「……了解。これからよろしく、銃兎」
「あぁ頼りにしてる、那由多」
変わらぬ関係
(「左馬刻さんと随分仲良いんだね」)
(「チーム組む予定だからな。最後の1人を探してるところだ」)
(「ディビジョンラップバトル、か」)