08

帰路につく。
署に戻ってからは特に何事もなく、平穏に定時まで過ごした。荷物を整理し、署内を案内され、職務の説明を受ける。
明日からはビシバシ行きますから、と嫌な宣告を受けた上で今日は帰ることになった。

電車に揺られる。降りて、シンジュクディビジョンを数分歩くと自宅付近に着く。見上げると明るく光る自宅の窓。
端末の時計を確認すると時刻は18時半を回ったところ。

「(独歩、じゃないな。消し忘れか……?)」

彼がこんな時間に帰って来れるわけがない、と脳内で切り捨てる。昨日早く帰ってくるために無理をしたようだったし。消し忘れもきっとない。私が消したような覚えがある。
だとすると。


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「那由多っちおかえり!晩御飯出来てるよーん!」
「やっぱり一二三か」

鍵を開けた音だけで私だとわかったらしく、姿は見えないが部屋の奥の方から一二三の声がする。

「どうしたのさ、今日仕事は?」
「だって那由多が昇進したって言うしさー!今日元々休みだったし、お祝い!」
「そんな大層なもんじゃないよ」

独歩と一二三、それに私。3人で小学生の頃からの幼馴染である。
私と独歩が付き合いだしてからも、同棲を始めてからも、合鍵を渡すくらいには、変わらずに親密な交流がある。

リビングを通り自分の部屋に向かう途中、一二三のいる台所の横を通る。視界の端で、こちらを見て少し強ばる一二三が見えた。

「……ごめん、やっぱりちょっと髪伸びてるよね」
「あ……い、いや、違くて。その、那由多、は……悪く、ないから」
「無理は良くないでしょーが」

一二三は女性恐怖症だ。
それでも、変わらずに幼馴染のままでいることが出来ているのは、一二三が女性恐怖症になってしまった『あの時』に一番最初に止めに入れたのが私だったからだろう。
もし最初に止めに入っていたのが独歩だったら。
私じゃなかったら。
きっと私はここに居ないし、この関係性の全てが、壊れていた、と思う。

幼馴染のままでいることが出来ている、と言っても、一二三の女性恐怖症は根が深かった。
私以外の女性は見えただけで脅える。それがたとえ小さい子供でも女の子は受け付けなかった。私に対しても、あの時より髪が長くなってくると恐怖を感じるらしい。
ここ最近、一二三に会ってなかったし、髪切りに行く余裕もなかったからなぁ……。

自室に戻り、スーツを着替える。部屋着のスウェットでいいか。着替えるついでに、引き出しからヘアバンドを取り出して髪を大まかにまとめる。これなら少しは短く見えるだろう。

「一二三、何作ったの」

声をかけながらリビングへと戻る。
ちらりとこちらを見てホッと安堵の表情に変わった彼は、饒舌に今日の夕食の説明をしだす。料理は一般レベルには出来るが、正直一二三のレベルにはついていけないので、説明は右耳から左耳へと聞き流す。

「……ねぇ那由多」
「ん?」
「独歩が心配してたよ」
「……大丈夫だって」
「勿論俺っちも心配だしね」
「だから何も無いって。ただの同期で、ただの上司だよ」

「那由多、昔から嘘つくの下手だよねぇ?俺っち上司のこととは一言も言ってないんだけどなー?」

あぁクソ、そのニヤついた顔に腹が立つ。


自業自得

(「こういう時の一二三は嫌いだ」)
(「ごめんってー。独歩ちんには言わないから教えて?」)
(「それ、絶対言うやつじゃん」)