2005年10月31日

最近、千冬って子が家にこなくなった。圭介が留年してからできた友だちで同じ団地に住んでいる2年生だ。圭介のひとつ年下の同級生。わたしが家にいる時に遊びに来ていたら、わたしが部屋に籠もっちゃうからまともに話したことはないけど、東卍の、圭介の隊の副隊長らしい。こないだ偶然学校で見かけたあの子はひどい怪我をしていた。
その子がこなくなったのと同じくらいに、この2年半まともに口を利いてなかった圭介から「夜一人で出歩くな」って声をかけられた。もともと圭介と違って夜に出歩くことはないし、わたしもあの日を境に空手も辞めてしまったから、急な買い物とか何かよっぽど理由がなければ夜に外を歩くなんて本当になんてない。

「……急に、なに?」
「わかったか、つむぎ。絶対だぞ」

なんとかカラカラに渇いた口から絞り出した質問を、圭介は無視して出かけてしまった。ケンカか東卍の集まりか。帰ってきた圭介はちょっと怪我をしていた。
それからの圭介はどこか変だ。
圭介がいないときにねこちゃんが遊びに来ていることがあれば、こっそり(たぶんバレてる)ねこちゃんと遊ぶんだけど、あの声をかけてきた日から特攻服は圭介のハンガーラックにかかったまままだ。代わりに白っぽい服で出かけているらしかった。圭介はまた何か悪いことを企んでる。でもきっと、それは裏返すと誰かを想ってのことなんだ。なんとなくそう思った。それこそマイキーを想って真一郎くんのところへ一虎と行ったみたいに。

そうやってあっという間に半月ほど過ぎた10月最後の日。夜ご飯用の炊飯器のセットをして、宿題に取りかかっていた時だった。なんの前触れもなくミツヤくんから電話がかかってきた。ミツヤくんから電話なんて普段かかってこない。みんなで一緒に出かけてる時や、ルナやマナと遊んでる時にかかってくることはあっても、なんの約束もない日に電話なんてかかってきたことは今までなかった。場地違いで、間違い電話をしたのかもしれないけれど、なんとなくイヤな予感がして恐る恐る電話に出る。

「もしもし、ミツヤくん?電話なんて、珍しいね」
『……チイ、今ひとりか?』

ミツヤくんの声はいつもより少し低くて、ちょっとだけ震えていた。バイクの排気音がするから外にいるらしい。

「うん、圭介は出かけたままだし、お母さんは仕事でいないよ」
『チイ、ごめん──』
「え、なにが?ミツヤくんどうしたの?」

すんと鼻をすする音がした。それから呼吸を落ち着けるように、ゆっくりと息を吐く音。

『───バジが死んだ』

今、ミツヤくん…なんて言った……?
ミツヤくんは続けて何か喋ってた気もするけど、周りから音がなくなったみたいに、何もわからなくなった。

不意にインターホンが鳴って、反射的に玄関に向かう。ドアを開けると、ぎゅっと抱きしめられて、そのままずるずると地べたに座り込んだ。ミツヤくんだった。泣いている。泣きながらごめんってわたしに言ってくる。

なんでミツヤくんが謝るの?

どれくらいそうしてたのか。手の中のケータイが鳴って、止まってた時間が動き出すみたいにミツヤくんの腕の力が弛んだ。顔を上げるとミツヤくんの後ろで立ったまま、千冬って子が泣いているのが見えた。今度の電話はお母さんからで「迎えにいくからすぐに出かける用意して」だって。お母さんの声もいつもとどこか違ってる気がした。
タクシーで帰ってきたお母さんも、ミツヤくんも、千冬って子も。みんなみんな泣いてるけれど、わたしは何が何だかわからなかった。

(20210910)


High Five!