ばいばい、さよなら、またねはないのは知ってるよ

圭介が死んじゃってから、わたしの時間は止まったままだ。
あんなことになるなら、変な意地を張らずに圭介とちゃんと話しとけばよかった。そう思ってずっと後悔している。お母さんはわたしに心配させないようにか、今までと同じように振る舞って普通に仕事に行くし、一緒にいるときはいつもと変わらずわたしとお喋りする。でも、わたしの心にはぽっかり穴が空いていて、ぼーっと過ごすことが増えた。夜はあまり眠れないし、眠れたと思ったら圭介の夢ばかりみる。あの日よりも昔の夢で、ふたりで遊んだり、佐野兄妹と遊んだりする夢。ふと目が覚めるとお線香の匂いで圭介がいないことを思い出す。最近の圭介が夢に出てきたと思ったら「いつまで怒ってんだ?」って困った顔で笑うのだ。わたしが一方的に口を利かなかったのに圭介はそのことをちっとも怒らない。おまけにごはんも美味しくない。お腹いっぱいで残しても代わりに食べてくれる人がいない。

圭介がいなくなってから学校に行けなかった。
お母さんが心配するから行かなきゃ。そう思うのに体も頭もうまく働かなかった。49日の法要のあと、納骨が済んで圭介のことが一区切りすると、なんとなく学校に行く気になった。身支度のために鏡を覗き込むと、隈ができているし、髪はボサボサだし、ずいぶん酷い格好なのを無理矢理整えた。でも、駐輪場に圭介のバイクがあるのを見つけて立ち竦んでしまった。小学生の時に後ろに乗せて走ってもらったのを思い出して泣けてきた。普段男の子たちと走る時はそれなりのスピードを出すのに、わたしが後ろに乗ってたら気を遣ってゆっくり走ってくれたのだ。圭介とは些細なことでケンカをすることもあったけど、わたしにはなんだかんだ優しかった。大好きなお兄ちゃん。
なんでわたしは圭介と話さなかったんだろう。
真一郎くんのことは確かにショックだったけど、圭介は一虎を止めようとしてたってマイキーから聞いたのに。後悔したってもう遅いのに。だって圭介はもういないんだから。
何度かそれを繰り返してたら、ある朝千冬くんが声をかけてくれた。「場地さんにつむぎちゃんのこと任されたから」って。「もし行きたいなら連れてったげる」って手を引いて一緒に学校へ行ってくれた。久しぶりに学校に行くとクラスメイトも、先生も、よく知らない生徒も、腫れ物を扱うようにする。常に圭介のことを内緒話されてるように感じて、しんどくなってやっぱり学校へ行けなくなった。

土日はエマが会いにきてくれた。
いつもお菓子や雑誌を持ってきてくれたし、お揃いって言ってお花がモチーフのネックレスを持ってきてくれたこともあった。最初の方こそエマと一緒にいてもぼーっとしてることが多かった気もするけど、エマと話しているうちにちょっとずつ普通になれた。エマと一緒にいる時だけはうまく息ができる気がした。

なのに、なんでエマまでわたしを置いてっちゃうの…?

*****

エマがいなくなって悲しいはずなのに、なんでか涙は出なかった。圭介のことで、泣きすぎて枯れちゃったらしい。エマのクラスメイトらしき女の子たちが泣いているのを見て、他人事のようにそう思った。エマのお通夜のあと泊まれるように師範が取り計らってくれて、マイキーとふたりでブランケットをかぶって夜を過ごした。時々話して、うとうとして、置いていかれた寂しさを埋め合うように過ごした。

向かい合って寝そべりながらぼーっとしていると、不意にマイキーの手が伸びてきた。顔にかかったボサボサの髪を払って、そのまま首元へ。服の中から出てきていたらしい、お花のネックレスを指先でいじっている。ほんとはお通夜にもお葬式にもこのかわいいお花のネックレスはいけないことだと理解っていたけど、エマからの最後のプレゼントだと思うと我慢できなくて、服の中に隠すようにしていたそれ。

「これさ、ベルとお揃いがいいって言うから誕生日に買ったんだ。ふたり分」
「……そっか。わたし…エマのお誕生日忘れてた…」

自分のことにいっぱいいっぱいで、エマのお誕生日をお祝いしてないことに気づいた。親友なのに。毎年欠かさずお祝いしてたのに。エマにひどいことしちゃった。

「エマはベルのことずっと心配してた。ベルが元気になる方がよろこぶ」
「うん、」

ドラケン、圭介、エマ。大切な人たちにわたしたちは立て続けに置いてかれてしまった。悲しいのに、寂しいのに、気持ちが全然追いつかない。

「マイキーは、わたしのこと置いてかないでね」
「ベルの方が俺を置いてきそう。すぐ風邪ひくし」
「ひどい。もうあんまりひかないもん」

なんてブラックジョークだ。マイキーはわたしのほっぺたを摘まんで、それから目の下をなぞるみたいに親指が触れた。隈を気にしてくれてるらしい。圭介がいなくなってから数ヶ月経つのに、相変わらずうまく眠れなくて隈がちっとも治らない。

「ベル」
「なあに?」

マイキーは黙ったままわたしの顔を相変わらず触っている。しばらくしてから、ずっと傍にいろよ、って言った。

「うん、ずっとそばにいる。大人になっても、マイキーがいやって言っても、ずっと───」

マイキーの体に手を回すと抱きしめ返してくれた。

お葬式のあと、出棺後の火葬場にも立ち会ったけれど、やっぱり泣けなかった。

(20210922)

title by 誰そ彼「真冬の一歩手前で僕らはさよならをする」


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