2005年7月8日

久しぶりに風邪を引いた。
38℃と39℃の間をいったりきたりを3日も続けていた、らしい。ずっと寝込んでいたからわたしは自覚はなかったけど、お母さんと圭介がそう言ってたからそうなんだろう。テストが終わって疲れが出たんじゃないかってお母さんは言うけど、中間テストの時はそんなことはなかった。前よりも中学に慣れてきたからかもしれない。

寝ている間、ずっとイヤな夢を見ていた。
わたしの大切な人たちが次々に亡くなる夢。お母さんも圭介も元気なのに、変なの。きっと、熱がそういうイヤな夢を見せてたのだ。小さい頃から風邪を引いた時に怖い夢を見ることはよくあった。さすがに誰かが亡くなるのは見たことなかったけど──…そういう時はお母さんか圭介に一緒に寝てもらっていた。お母さんは仕事でいないことも多いから圭介に傍にいてもらうことの方が多かった。でも、あの日からそんなことはずっとなかった。もうある程度大きかったこともあるし、真一郎くんのことでわたしがつまらない意地を張ってたから。

圭介と仲直りした次の日、朝起きてから圭介のことを離さなくて、ガリ勉のふりをしている圭介の学校を休ませてしまった。お母さんは困った顔をしてたけど、こうやって圭介に甘えるのも、そもそも話すのも2年ぶりだったから許してくれたらしい。間に昼寝を挟みながら1日中圭介に引っ付いてお喋りした。

結局今週は一度も学校へ行けなかった。
ずるずる微熱が続いていて夕方になるとちょっと上がったりする。昨日は夕方になっても熱は出なかったから、たぶん週明けには学校に行けるはずだ。まだちょっと体が怠くて、午前中はすっかり寝通していた。居間のテーブルで圭介が一昨日に持って帰ってきてくれていた休みの間のプリントをやっていると圭介が学校から帰ってきた。

「熱は?」
「もう下がった」

鞄を床に無造作に置いた圭介の手がおでこに伸びてくる。

「あちーか?……わかんねぇ」
「もうないよ」
「そうか。元気になったならよかったな!」

圭介はちょっと乱暴に頭を撫でてくれた。
課題の続きをしていると、圭介が台所でごそごそしだした。お腹が空いてるらしい。ペヤングを手にこっちへくる。

「半分こするか?」
「……ううん」

ペヤングに限らずカップ麺なんて小さい時からひとりで丸々1個食べれたためしがなかった。いつも食べきれない分は圭介が食べてくれていたけど、あの日からずっと口を利いてなかったから、わたしがカップ麺を食べることもなかった。分けようとしてくれるのは嬉しいけど、まだあんまり食欲もないからペヤングなんて食べたら戻しちゃいそう。
冷蔵庫に桃が冷やしてあるのを思い出して「桃がいい」って言うと圭介が切ってくれた。あんまり上手じゃなかったけど、昔と変わらず構ってくれるのが嬉しかった。もしかしたらわたしが気づいてなかっただけでずっと気にしてくれてたのかもしれない。風邪を引いた日なんかは特に。圭介はやさしいからわたしが一方的に無視してたケンカも寂しがってくれたとは思うけど、そのことで今更怒ったりしなかったし、前と変わらないまんまだ。

「つむぎ、手ぇ離せって」
「……やだ」

これから集会なんだよ、って圭介はちょっとだけ困った顔をする。わたしはこの2年の間にずいぶん甘えたになったらしい。小学生の時だって、こんなにベタベタ引っ付いたりしなかった。でも、こないだ見た夢がつらかったから圭介とはできれば離れたくなかった。学校はしょうがないけど、東卍の集会なんて、正に何かありそうで怖くて見過ごせなかった。一緒にいく、って言えばついに圭介の方が折れて、お母さんにメールをしてから駐輪場に下りた。すぐに圭介とよくいる男の子が駆け寄ってくる。たしかちふゆって呼ばれてる子。

「場地さんと……つむぎちゃん?」
「つむぎが行くって聞かねぇから、悪ぃけど千冬は自分で行ってくれ」
「場地さん仲直りしたんすか!よかったっすね!」

もしかしたらいつも二人乗りしてるのかもしれない。悪いことをしたなって思って声をかける前に「鍵とってきます!先行っててください!」って走って行ってしまった。家に遊びに来る度に話し声が聞こえてたから薄々気づいてたけど、圭介はずいぶんと慕われているらしい。圭介も慣れてるらしく、軽く見送ってからわたしにヘルメットを被せてくれた。

久しぶりにきた東卍の集会はずいぶんと大所帯になっていた。あの頃はまだたったの6人しかいなかったのに。マイキーやエマから話は聞いてたけど、実際に目の当たりにするとなんだか落ち着かない。

「おい、バジ。オマエなに彼女ヨメ連れてきてんだよ」
「ハァ?んなンじゃねーよ。コイツが全然離れねーから」

ヘルメットの上から小突かれたようでトンと軽い衝撃がくる。バイクから降りてヘルメットを圭介に渡してから、サイドミラーを覗き込んでぺたんこの髪を手櫛で整えた。

「ベルじゃん」
「ど、ドラケンだ……」
「は?先週会ったろ」

夢でみたお葬式を思い出した。すすり泣くミツヤくん、知らない東卍の人たち。ずっと泣きっぱなしのエマ。無表情なマイキー。
涙が込み上げてきて、近づいて、恐る恐る抱きつく。オバケみたいに消えたりしなかった。

「おー、仲直りできてよかったな」

ドラケンは圭介よりも大きいのに、頭を撫でてくれる手はやさしかった。向こうにゴキ停めてくるワ、って圭介の声がする。どれくらいそうしてたのかわからないけど、「ケンチン、何してんの?」ってどこか面白そうな調子の万次郎の声がした。
なのに、それが急に機嫌の悪い声音に変わる。

「……なに、ベル泣かしてんの?」
「や、俺じゃねーし。……嬉し泣きじゃね?」
「ハァ?」
「バジと来たんだよ」
「…バジと?」

腕を引かれて、万次郎に向き直される。夢と違って隈もないし、ほっぺたも痩けてない。ちょっと不機嫌そうな顔をしてるけど、特攻服の袖で涙を拭いてくれるのはいつもの万次郎だ。なんだか安心して、涙がぽたぽたこぼれ落ちた。

「まんじ、ろ…」
「オマエほんとどーしたの?」

まだ熱あるんじゃね?って言いながら手のひらがおでこに伸びてきたけど、夕方の圭介と同じで首を傾げた。ぎゅってしてほしくて腕を伸ばすと腰から引き寄せてくれる。首の向かって右側のところを見ると夢で見たドラケンと同じタトゥーはなかった。

「あっちにエマいるから、一緒にいとけよ」
「……ん、」

トントンと背中を叩かれて抱きついてた腕を解くと、手を引いて歩いてくれた。夢でそうしてたみたいに指を絡めるようにすると、万次郎はちらっとこっちを見たけど何も言わずに握り返してくれた。いろんな人の視線を感じたけど、ちっとも気にならなかった。

「ちょっとマイキー!なんでベルが泣いてるの?!」
「知らねー。嬉し泣きじゃね?」
「なにそれ?!」

エマはポケットからハンカチを出して目元に当ててくれる。エマだ。夢では急なお別れになった、エマ。自分のことばっかりで最後の方はまともに話した覚えがない。

「エマ〜っ……」
「どうしたの?何されたの?ほんとに嬉し泣き?」

ぎゅって抱きしめて背中を撫でてくれるエマはあったかくて安心する。

「ん、……エマにも会えて、うれしい」
「どうしたの?風邪引いて怖い夢でもみた?」
「うん……みんなが…いなくなる、ゆめ…」
「みんなって、ウチらのこと?みんなここにいるよ」
「……うん」

ぐずぐず涙が止まらない。圭介がいなくなった時に泣きすぎて涙は涸れちゃったと思ったけど、それは夢の中だけだったらしい。エマの言う通り、ドラケンも圭介もエマもちゃんと傍にいる。圭介と仲直りだってできた。あの日から東卍の集まりにはきたことなかったけど、たまにはこうして来てみるのもいいかもしれない。だって、いつ何があるかわかんないって夢で思ったから。

───そうだ。ドラケンのこと謝らなきゃ。
涙が引くと段々と冷静な気持ちになってきた。さっき勢いでドラケンに抱きついてしまったんだ。エマがドラケンのこと好きなの知ってるのに。ドラケンはまあ、わたしのことなんとも思ってないからぎゅってしてくれたんだと思うけど。

「ごめん、エマ…さっきドラケンにぎゅってしてもらった……」
「なにそれ、そんなことじゃ怒んないよ」

ちょっと羨ましいけど、ってエマは唇を尖らした。

(20210926)
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High Five!