Hello New World

東卍の集会に行った日は夜にまたちょっと熱が出たけど、土日に家で大人しく過ごすとすっかり熱は下がった。1週間ぶりに学校へ行くってなるとちょっと緊張する。学校に行くのに制服を着て、日焼け止めを塗ってパウダーで整える。ビューラーでまつげを上げて、色つきのリップを塗る。髪を巻くのはちょっと時間がないから、クセ毛が目立たないようにいつも通り三つ編みにして、前髪を整えてできあがり。

「おいつむぎ、まだ終わんねーのか」
「もうちょっとー!」

洗面台をずっと占領してるからか、圭介が声をかけてくる。圭介は顔洗うか歯磨きするくらいしかしないからいいじゃん。おかしなところがないかもう一度確認して洗面台を明け渡す。

「あれ?オマエ顔赤くね?」

ここのとこ毎日されていたように圭介の手のひらがおでこに伸びてきた。ちょっと顔色が悪いと思ってチークを濃いめにいれたのがいけなかったらしい。

「……メイクだけど」

ムッとしながら言うと、「紛らわしーんだよっ」って言いながらほっぺたをこすってきた。圭介の指はカサカサしてちょっと引っかかる感じがするし、力も強いから痛い。そんなこと彼女にしたら嫌がられるんだぞ。まあ、付き合いたてとかなら許されるかもしれないけど。でも、千冬くんとしょっちゅう一緒にいるからたぶんいないか。
メイクは素直にやり直した。

仲直りするまでの間、わたしは先生たちが校門に立つよりも前に、圭介はその後予鈴が鳴るギリギリめに登校して、朝ごはんの時さえもまともに顔を合わせることはなかった。家にいる間は部屋に籠もるようにしてたから、ずっとすれ違いの生活だった。わたしが、あの日からわざとそうしてきた。でも夢の中でずっとヘンな意地を張ってたことを後悔した。だから小学生の時みたいに一緒に学校へ行けたらな、って思ってた。なんとなく気恥ずかしくて言い出せなかったけど、圭介もそう思ってたらしい。わたしはいつもより遅い時間に、圭介はいつもより早い時間に準備を終えて一緒に家を出た。圭介はちゃっかり千冬くんにも根回ししてたみたいで、千冬くんも一緒に3人で学校へ向かう。近所に仲がいい子は誰も住んでないから、誰かと一緒に学校へ行くのはずいぶんと久しぶりだった。それこそ七小に通ってた時以来。
こないだはまともに喋らなかったこともあって、今さらだけど千冬くんと自己紹介しあった。千冬くんは圭介からわたしの話を聞いてたみたいで「ずっと話してみたかった」って言ってくれたし、わたしたちの仲直りをすごく喜んでくれている。やさしい子だ。

「え、千冬くんねこちゃん飼ってるの?いいなあ」
「ペケJっつーんだ」
「なんで圭介が我が物顔で言うの?───わあ…!かわいい!つやつやだねっ」

圭介の画像フォルダには真っ黒なつやつやな毛並みのねこちゃんの写真がいっぱいあった。おやつを食べるところや猫じゃらしやおもちゃで遊ぶところ。それから窓の隙間から遊びにくる野良ねこちゃんたち。ケンカばっかりの圭介が唯一可愛げあるのは動物が好きなところだ。小学生の時、上野動物園によく行ってたっけ。───真一郎くんがわたしたち2人をエマたちと一緒に連れてってくれたんだ。1度だけじゃなくて、何度も何度も。

「よかったら今度ペケJに会いにおいでよ」
「えっ?」

なんとなく気持ちが落ちそうになったところで言われた申し出にちょっとびっくりする。

「行ってもいいの…?」
「もちろん」

まだ出会って間もないのに圭介の妹だからかお家に呼んでくれるらしい。誰かのお家なんて、佐野家以外に行ったことないから変な感じだ。わざわざ放課後約束してまで遊ぶ友だちはエマぐらいしかいないから。ちょっとそわそわする。

「ペケJは、どんなおやつがすき?」

千冬くん家に遊びに行く前に圭介とおやつ買いに行かないと。変に緊張するのを誤魔化して聞いてみたけど、圭介がやっぱり我が物顔で教えてくれた。わたし千冬くんに聞いたのにね。

(20211002)


High Five!