因と果をむすぶ禍


小さい頃から時々、変なものを見た。
他の人には見えないらしいそれらは、おそらく妖怪と呼ばれるものの類。

「夏目様、夏目レイコ様。やっとお会いできました。名を、お返しください」
「……おれはレイコさんじゃないよ」


寂しそうに表情を曇らせる妖に胸が締め付けられる。きっとこの妖も、祖母が名を呼んでくれるのをずっと待っていたのだろう。何年も何十年も。レイコさんが亡くなってからもずっと。


「君に返そう、受けてくれ」

紙を噛むたびに頭に流れ込んでくるのはレイコさんとの記憶。祖母はいつも一人だった。妖に恐れられ、誰とも深く関わらない。それがなんだかひどく悲しくて、祖母が名を呼ぶ日を待ち続ける、妖のこころが流れ込み、名を返すたびに切なくなる。

「ありがとう夏目様。ありがとう」

疲労で床に倒れ込んだおれの頭を撫でて、その妖怪は姿を消した。眠気が襲いゆっくりと目を閉じる。意識が無くなる寸前、呆れたようなニャンコ先生の声が聞こえた気がした。


翌朝、睡眠不足でだるい体を引きずって教室へ向かっていると、「あの」と横から声をかけられた。足を止め視線を向ける。そこには世分高校の制服を着た女生徒が立っていて、おれをまっすぐに見つめていた。

その視線に縫い留められたように動けなくなる。不思議とそんな気がして、おれは慌てて足を一歩ずらした。右足は問題なく動き、そっと安堵の息をこぼす。

―――制服を着ているのだ。妖ではない。
見覚えのない顔だから、他のクラスの生徒か先輩だ。

「職員室はどこですか」
「えっ」

おもいがけない質問に戸惑う。セーラー服の生徒は、わずかに眉の端を下げてから「勝手が分からなくて、ごめんなさい」と続けた。
その表情に慌てておれも口を開く。

「この棟の二階にあるよ。階段をあがればすぐに分かるとおもう」
「どうもありがとう」

自然と並んで階段へ向かう途中で話を聞いてみる。

「転入生か?」
「はい。京都から来ました。……先輩ですか?」
「いや、一年だよ。おれは夏目、きみは?」
「じゃあ、同級生ね。私、花開院。花開院咲良」

さっきまでは先輩相手かもしれない、と気を使っていたのだろう。花開院はわずかに肩の力を抜いて話しているように見えた。階段をあがるたびに、花開院の長い黒髪が揺れる。それに気を逸らしながら、最近知り合った田沼のことを思い出した。
この数ヶ月の間に三人もの転入生がこの高校にやってきた。それは特別多いことなのだろうか。今までは自分が去っていくばかりで、迎えることがなかったから……。

そんなことを考えているうちに二階にたどり着き、花開院は「ありがとう、それじゃあ」と軽やかに職員室の戸に向かっていった。ぴんと伸びた背筋やよく通る声から、本人の自信のようなものを感じさせる、そんな少女だった。




「夏目聞いたか! 5組に転入生が来たって」
「ああ。今朝少し話したよ」
「なに!?」

一時間目が終わってすぐ、西村は早速転入生の噂を聞きつけたらしい。おれがすでに花開院と話したことを知ると途端に騒ぎ出した。ただ職員室を教えただけだと続けるおれを気にせずに、「どんな子だった? 美人って聞いたけど」と瞳を輝かせて顔を覗いてくる。どんな子、か。考えながら視線を窓の外へ流す。

ここが校舎でなかったら、彼女が制服を着ていなかったら。
おれはきっと妖だと思っただろう。普通の女の子に見えるのになぜそう思ったかは上手く説明できない。ただなんとなく、彼女の雰囲気や……花開院から感じる、不思議な気配のようなものが理由だろう。強い妖と会ったとき、田沼のお父さんと話したときに感じたものとも違う異質ななにか。

「夏目?」
「―――確かに、目を引く女の子ではあったかな」

ぽつりとつぶやいたおれに、西村はなぜか絶叫していた。