かつて青が在った場所


私が初めてそれを見たのは四歳の時だ。

視界の中にひらひらと舞う光の固まりがあった。小さな鳥のような大きな蝶々のような形をしたそれは、空中にいくつも漂っていた。私が手を伸ばし触れると、溶けるようにそれは消えてしまった。ううん、あれは消えたんじゃない。私の中に吸収されていったと表現した方がいい。その光は私の中に吸い込まれるように入ってきて、驚いた私は慌てて洗面所へと走った。置いてある台へと上がり鏡を見ると、そこに居た私の瞳は金色に輝いていた。

その時母は家に居なくて、私は家中を駆け回った。周りにはたくさんの光の固まりが飛んでいた。それだけじゃない。家中に飾られた花、庭に生えた草木、水槽の金魚。そのどれもが光のシャボン玉に包まれたように視界に映った。そして私が触れるとその光は手に吸い込まれていく。

私は“個性”の発現が嬉しくて舞い上がっていた。
あの日までは。









実技試験が開始されて四、五分が経過しただろうか。これでちょうど折り返しだ。視界の端でエネルギー弾を胴体に受けた仮想敵が、音を立てて崩れる。あれで合計何Pだったか。最初は数えていたけれどもう分からなくなってきた。周辺の仮想敵は倒してしまったようで、地上から10m程の高さを維持して市街地を飛んでいく。生体探知は消耗が激しい上にロボット相手じゃ能力が活かされない。飛び回って見つけるしかない。


数秒後に仮想敵の集団と、その眼前で尻餅をついている受験生数人を見つけた。腰が抜けてしまったのだろうか。ここからエネルギー弾を飛ばしたら危険だと判断して右腕をまっすぐ正面へと向け、手の平を視界の仮想敵に重ねるように翳す。


超能力はイメージが大事なのだと、似た個性を持つ公安の職員に教わった。

私にしか見えない光の流動体、エネルギーを仮想敵へと集めていく。瞬く間に白い光に包まれたそれを確認して、右手を閉じる。

見えない力で握り潰されたように崩れていくそれを見届け、地上に降りて周囲を確認した。ちょうど向かって来ていた仮想敵のレンズと視線が合って、先ほど倒した仮想敵の部品をサイコキネシスで空中に浮かせる。

「標的捕捉、ブッ殺ス!!」

真っ直ぐに近付いてくるそいつと対峙して思考を巡らせる。緑谷出久、大丈夫だろうか。弾丸のように飛ばした破片が仮想敵の体を貫き、大きな音を立てて崩れていった。
ワン・フォー・オールのことを詳しく知っている訳ではないけれど、彼は俊典さんと同じ力を引き出せるような体の構造をしていない。確かに去年とは別人のようではあるけれど、たった十ヶ月でオールマイトの代わりになれるのかと考えると、そう上手くはいかないと思うのだ。勿論そうなるのが一番良いのだけれど。

「オイ! あぶねえぞ!」

背後から振り下ろされた仮想敵のアームを、身を翻して避ける。がら空きになった背中に手のひらを押し当ててエネルギーを与える。植物や大気以外でも、例えばこういう機械にだってエネルギーは存在している。複雑な造りでもない限り、簡単に入り込んで操作ができる。ゼファーのようにはいかないが。

「標的、ヒョウテキ、ホソ……ホソ、ク」

機械音を途切らせ、電源が落ちた仮想敵の体が地面へと伏せる。先ほど声を荒げていた男の子はぽかんと私を見上げていたけれど、すぐに表情を明るくさせて「お前すげえな! じゃあな!」と言って去っていった。他の受験生を心配する余裕があって、それを賞賛までするなんて。呆気にとられてその背を見送っていたけれど、アナウンスに残り時間を告げられたことでその場を去った。




「テメェ!! 俺の前に出てくんじゃねェ! 邪魔だろうが!」
「……」

地上で手の平からボフボフと爆炎を出す男の子を見下ろして思う。どうして同い年の男の子で、ここまで性格に差が出るのだろうか。さっきの彼は他人を案じる思いやりの心を持っていたというのに。同い年の男の子と接する機会が極端に少なかったからだろうか。緑谷出久を基準に考えてしまうのを改めたほうがいいかな。でも、普通に考えて初対面の人間に「邪魔だ」なんて言わないだろう。もしかして私が知らないだけで今の男子中学生はこうなのか?

「おい聞いてんのか白髪女!」

つんつんと髪の尖ったその男の子は同じように目を釣り上げて私を見ていた。は〜〜〜。ここ数年で落ち着いていた筈の私の精神が荒波のようになるのが分かる。脳裏でナイトアイの言葉が蘇った。「必要以上の罵倒はするな」ちゃんと分かってる。大丈夫。何度も言われてきたジーニストの言葉も聞こえてきた。「汚い言葉を使うんじゃない」安心してよ、言わないから。必要以上の罵倒はしないし、汚い言葉も使わない。うん。俊典さんもよく言ってる。どんなときも笑顔を忘れずに。にっこりと口角を上げて微笑んでから、

「あんたが遅いだけでしょ」

私が一番綺麗に作れる笑顔でそう言ってから、その少年に背を向けて仮想敵を探しに行った。なにかの繊維がぶち切れるような音がしたが気のせいだろう。