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入試当日、私は電車を乗り継いで雄英高校へと向かっていた。自分の受験勉強や特訓もあって、緑谷出久とはしばらく会っていない。俊典さんとも朝と夜に二度顔を合わせられたら良い方で、ここ最近はずっと帰りが遅かった。忙しいのは仕方ないとして、しっかり食事と休息を取って欲しいものだ。教師生活が始まったらもっと生活が乱れることは簡単に予想がつく。家事や食事管理はこれからどうするのだろう。私が数日家を空けただけで洗濯物を溜めて食事を疎かにする人だし、心配で仕方ない。四月からどうしようかと考えて、そもそも自分が雄英高校に合格するかどうかも定かではなかったのだと頭を振った。
電車のドアに肩を押し付け、流れる景色を見つめる。あの男の子は大丈夫だろうか。個性の譲渡は上手くいったのだろうか。もうあの人に戦う力が無くなったのであれば、静かに休ませてあげて欲しい。だけど、私がどれだけ望んだって、助けを求められたら俊典さんは戦わずには居られないだろうな。そういう人だもの。
目的地に到着して電車を降りる。多くの中学生が緊張した面持ちでホームを歩いていくのを、私はじっと見送る。何人も何十人も、その中から緑髪の男の子を探したけれど見つけられなかった。そういえば、あの子と連絡先を交換していなかった。今日は俊典さんも人目を気にして連絡はしてこないだろうし、緑谷出久が試験に間に合ったのかどうかを私が知るのは試験を終えて家に帰ってからだろうか。あの子が雄英に進まないのであれば、私が受験する意味はほぼ無いのだけれど。ぼーっと立っていた私を具合が悪いのだと心配した女の子に声をかけられるまで、私はしばらくその場に留まっていた。
▲ ▽
実技試験の説明を終え持参したジャージに着替えたあと、指定された会場へ向かうバスを探している途中だった。大勢の受験者が行き交う中で、目を引く頭髪をなびかせる女の子が視界に入り、僕は咄嗟に声をあげていた。
「卯依ちゃん!」
がやがやと騒がしい中でも、僕の声ははっきりと届いたようだった。振り返った卯依ちゃんが視界に僕を入れると、大きな瞳をさらに見開いて細い腕をあげた。僕は知り合いを見つけたことによる安心で、全身の力が抜けた。卯依ちゃんが人をかき分けてこっちへと近付いてくる。その時やっと気付いたけれど、周囲の視線はほとんどが卯依ちゃんへと集中していた。
「おはよう、良かった。間に合ったんだね」
「う、うん。なんとか」
今では卯依ちゃんと話している僕にも視線が突き刺さっている。卯依ちゃんはどこか安心したように柔らかく微笑んでいた。
卯依ちゃんは白いワイシャツに黒いスラックスを着ていて、同じ黒色のネクタイを結んでいた。これから実技試験だというのに、運動には向いていない服装だ。見慣れない彼女の服と大人な雰囲気に呑まれつつ辺りを見渡せば、こっちを見ている受験生の多くはジャージや普段着を身に纏っている。卯依ちゃんは容姿の端麗さと相まってかなり目立っていた。
周りを気にしていた僕は、突然、ぴたりと二の腕に触れる柔らかい感触に身震いした。
「!?」
体に触れられる距離に居るのは卯依ちゃんだけで、顔を正面に向けるとやっぱり卯依ちゃんが僕の腕に触れていた。相変わらずの素敵な花の香りを身に纏って、腕を摩るように動いていた彼女の細い手はそのまま肩、胸、腹、と流れるように落ちていく。僕は全身が火傷したように熱くなって、うまく呼吸が出来なくなる。ただ卯依ちゃんの白くて綺麗な指の動きを必死に目で追っていた。あれ、待てよ。この感覚、覚えがある。そういえば去年、卯依ちゃんと初めて会った時も同じことをされたような。
「うん」
「……卯依、ちゃん?」
「前の時とは別人だね」
顔を上げた卯依ちゃんと至近距離で視線がぶつかる。うわあ、近い! 呼吸すら止まっている僕に気付かないで、卯依ちゃんはすっと体を離した。僕はバクバクと煩い心臓を抑えるように胸に手を押し当てる。
「それじゃあ、お互い頑張ろう」
「うん……それじゃあ……」
頭の後ろで一つに纏めた髪を揺らして、卯依ちゃんはすぐそばにあったバスへと乗り込んでいった。僕はほう、と熱い息を吐いて心を落ち着かせる。周囲の視線はさっきよりもずっと鋭くなって僕に向けられていた。
うっと痛くなったお腹を抑えていた僕は、幼馴染が卯依ちゃんと同じバスに乗り込むのを見て次は胃が痛くなった。卯依ちゃん、頑張って……気をつけて!! もう届かない心の声をバスに飛ばし、慌てて自分の乗るバスへと向かった。