出られない部屋(緑茶飯×ホラー映画耐久)


近頃、ニュースでよく話題になる事件があった。
被害に遭う人たちに共通点はなく、怪我を負ったという人は今のところ居ないらしい。
その事件は至ってシンプルなもので、ただ、「部屋に閉じ込められる」というものだった。窓もなく、唯一ある扉には鍵がかかっていて外に出られない。パワー系の“個性”を持った被害者が力任せに壁を殴っても、傷一つつけることはできなかったらしい。どんな手段でも開けることができない扉。ただし、定められた条件をクリアすることができたら、鍵は開くらしい。

ニュースでこれまで見た条件は「にらめっこをする」「大量のケーキを食べきる」「相撲をとる」など。どれもおふざけのようなものばかりで、警察は、対象を条件付きで部屋に閉じ込める“個性”持ちが、悪戯目的で行っているのだろうという見解を発表していた。僕はそれを使い方次第では強力な“個性”なのに、と残念に思っていたけれどまさか、自分がその部屋に閉じ込められることになるとは、思いもしなかった。



▲ ▽


いつものように授業を終え、学校から駅へ向かっていた。僕の前には卯依ちゃんと麗日さんが、隣には飯田くんがいて、四人で歩道を歩いていた。後ろから慌ただしい足音が聞こえたと思ったら、一瞬のうちに視界が暗転し、足元が崩れ―――。




「緑谷くん!!」
「!!」

体を揺さぶられ、意識の浮上とともに上体を起こす。険しい表情の飯田くんが「良かった、目を覚まして」と胸をなで下ろした。周囲を見渡すと、教室より少し狭いぐらいの一室に、僕はいた。窓もなく、異様なほど白い部屋の中で、横に長いソファと壁側に置かれたテレビだけが不自然に置かれている。

「やっぱり、ニュースでやってるのと同じかな」
「それじゃあ、やっぱり条件をクリアしないと……」
「運が悪かったね」

話し声を聞こえて顔を向けると、こちらに背を向けて話す卯依ちゃんと麗日さんの姿があった。二人は起きた僕に気付いたのか、振り返る。

「デクくん! 良かった。体はなんともない?」
「うん。ありがとう……この部屋って……」
「今話題の『出られない部屋』だろうね」

卯依ちゃんはなんてことないように言った。麗日さんの不安そうな表情を見て、「条件を探そう」と室内を歩き回る。その言葉に飯田くん、麗日さんも切り替えるように背筋を伸ばした。僕も役に立たないと、と立ち上がると、飯田くんが「む」と口を結ぶ。

「緑谷くんの下に、紙? だろうか」

その言葉に視線を落とすと、さっきまで僕が座り込んでいた場所に折りたたまれた紙があった。指でつまみあげると、テレビを調べていた卯依ちゃんが戻ってくる。

「なんて書いてある?」

おそるおそる紙を広げる。そこにはシンプルに一文。
『10時間、ホラー映画鑑賞をする』
と、書かれていた。


全員がその分章を認識した直後、部屋の照明が消える。途端に真っ暗になり、すぐ傍にいるみんなの姿すら見えない。飲み込み損ねた悲鳴のような声が、麗日さんが居た方向から聞こえた。

小さな音がしてテレビがついた。誰も操作していない。
だというのに、テレビは電源がついて、映像を流し始めた。暗い、森の中のような背景と、おどろおどろしいBGM。背筋に冷たい何かが走る。

「ま、まって……ホラー映画?!」
「条件ならば仕方ない。……が、一時間ごとに15分の休憩を挟もう!」
「十時間飲み食い出来ないの? 正気?」
「みんな、そこじゃないよ」

言いたいことはたくさんあったけれど、条件を達成すれば外に出られるということはニュースで報道されていた。僕たちはテレビの明かりをたよりに、渋々ソファに座る。奥から飯田くん、麗日さん、卯依ちゃん、僕の順で腰を落ち着かせると、静かに映画鑑賞を続けた。日本のホラー映画で、広告で見た覚えもある有名な作品だ。驚くシーンで思わず体を跳ね上げる僕だったけれど、左に座る卯依ちゃんはまったく動じていなかった。麗日さんの悲鳴はよく聞こえたけれど、飯田くん、卯依ちゃんのものは聞こえない。心臓がばくばく言った状態のまま一本目の映画が終わる。そういえば休憩、挟まなかったな。飯田くんも見入っていたみたいだ。「しまったー!」と叫ぶ声が暗い部屋に響いた。

画面が暗転すると、代わりに部屋の明かりがついた。
強ばった体を伸ばすために立ち上がる。卯依ちゃんも同じように立ち上がり、部屋を歩いていた。麗日さんは魂が抜けたような表情でソファの背もたれに寄りかかっていた。
(おそらく)あと四本、大丈夫、だろうか。

「ううう……あかん……無理だ……」
「だ、大丈夫?」

とうとう顔を覆ってしまった麗日さんにワタワタしていると、歩き回っていた卯依ちゃんが戻ってきた。ぼすん、と麗日さんの隣に座った卯依ちゃんは「目塞いでれば」と言った。

「『鑑賞』、なら。音を聞くだけでもいいんじゃない」

麗日さんはその手があったか、と言わんばかりに目を見開いて動かなかった。
結局、麗日さんはその後一度も目を開くことはなかった。
僕や飯田くんは、外国のホラー映画の中でもグロテスクな作品は目を逸らしてしまう場面があったけれど、卯依ちゃんはやっぱり最後まで画面を見続けていた。怖いものとか、ないのだろうか。

五本目の映画を見終えた頃、ガチャリと鍵が開く音が耳に届いた。
疲れきった僕たち三人がふらふらで立ち上がる中、卯依ちゃんは「お腹減った」と言いながら軽やかな足取りで扉へ向かうのだった。
ちなみに、部屋の外では十時間も経過しておらず、たった、十分程の出来事であった。この“個性”持ちは未だ、捕まっていない。