君の涙を知る未来の誰かに
DNA鑑定の結果、ゼファーの実子であることが判明した少女の名は実操卯依といった。卯依はヒーローに保護されたあと病院へ搬送され、目を覚ましたのは数日が経ってからだった。
その頃、世間は未だゼファーの死を悲しみ悲嘆にくれていた。テレビの特番では彼のこれまでの功績を称える番組が続き、私もインタビューで彼の行動を賞賛した。あの爆発の規模で民間人の死者が一人も居なかったのは本当に奇跡としか思えなかった。
卯依は目を覚ましてからしばらく言葉を発することがなかった。医者やカウンセラーの問いかけにも一切答えず、母親の知人に会った時でさえ反応を見せることはなかったらしい。卯依に身寄りはなく生家に戻すわけにもいかないので、彼女は政府の施設へと送られた。災害や事故で親を亡くした子供達が暮らす施設だ。
施設に入って数日が経ち、彼女が言葉を発したとナイトアイから聞かされた私は様子を見に行くことにした。ゼファーは私の友人だ。なにか力になれないだろうかと、もどかしい思いを抱え検査の為に病院へ連れてこられた卯依と再会した。
暗い穴のような目をした卯依は待合室に顔を出した私に反応を示すことはなかった。医者は卯依が心的外傷ストレス障害の影響で、爆発事故のことは何も覚えていない可能性が高いと言った。両親のことを聞いてもなにも答えないらしく、母親の事件についても進展はなかった。園でも孤立しているようで同年代の子供達ともほとんど会話をしないらしい。ならば何故口を開いたのかと聞けば、園の職員いわく卯依は質問には答えないが会話には応じるのだという。
そのアドバイスを胸に待合室のソファに一人で座る卯依に声をかける。「やあ」と話しかけた私をちらりと一瞥すると、卯依は視線を窓の外へと向けてしまった。正面に膝をついて目の高さを近付ける。
「私はオールマイト。気分はどうだい?」
しまった質問をしていた!! 私の問いに卯依は案の定なんの反応も示さなかった。温度差に若干寒気さえしてきたが、気を取り直して咳払いをする。卯依と同じように窓の外を見れば、病院の外には雲一つない青空が広がっている。
「今日はいい天気だ」
ほとんど独り言のように言った言葉に、卯依は「そうだね」と細く綺麗な響きを持った声で言った。私は初めての会話に感動すら覚えて、卯依の興味を引こうと知恵を振り絞る。
「天気の良い日を『晴れ』『快晴』と呼ぶけれど、その違いが分かるかい?」
「……分かんない」
初めて質問に答えた卯依はその視線を私へと向ける。答えを待っている卯依は年相応の子供に思えた。
「空に広がっている雲の量を見て決めるんだ。雲が一つも無い状態を0、空全体が雲で覆われている状態を10として、雲の量が1より少なかったらそれは快晴。雲の量が2より多くて、8より少なかったら晴れと呼ぶのさ」
たまたま教育番組を見て知った知識を披露すると、卯依は眉間にシワを寄せた。小学校にすら入っていない子供にはまだ早かっただろうかと、密かに額に汗を流す私をよそに卯依は窓の外をもう一度見てから口を開いた。
「それじゃあ今日は快晴?」
「……ああ、そうだよ。今日は快晴だ」
卯依は窓の外に広がる空をじっと見ていた。これまでずっと薄暗く見えていた赤い瞳は光が反射してきらきらと輝いていた。少し前から様子を見ていた卯依の担当医は「あの子があんなに会話を続けるのは初めて見た」と驚きを隠せない様子だった。
それからナイトアイにスケジュールの調整を頼み、卯依が病院に訪れる日はできるだけ顔を出すようにした。私は卯依が興味を示すような雑学を仕入れるために、教育番組を見るようになった。卯依は相変わらず両親のことや爆発事故の質問には一切答えず、あれから一年が経過した今も何も分かっていない。だが私はそれでも良いと思っていた。残された卯依本人が苦痛を感じない生活を送れているのなら十分だと。思い出して苦しい思いをするぐらいなら忘れたままでもいいと。
ヒーローネットワークに、卯依が園を抜け出して行方不明になったという情報が流れるまで、私はそんな浅慮な考えを抱いていた。