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どれだけ大人に叱られても卯依が施設を抜け出すことをやめることはなかった。今居る施設が合わないのだと判断し、二度も施設を変えたがそれでも脱走は続いた。誰が聞いてもその理由は答えない。もしかしたら“個性”攻撃かもしれないとヒーローの一人が言ってからは、卯依は施設ではなく公安が管理する研究所へと移された。

どんなに厳重な設備で卯依を囲っても、“個性”を使って卯依は外に出てしまう。卯依が履いている靴にGPS追跡装置を付けても、卯依が “個性”で破壊してしまうことから、公安委員会から卯依に二つの選択肢が与えられた。

これからの一生を公安の監視下で過ごすか、公安の指定するヒーローの保護下に入るか。

卯依は後者を選んだ。理由は分からないが、卯依は公安を嫌っているようだった。


初めて卯依と私のサイドキックであるサー・ナイトアイが対面したときのことはよく覚えている。鋭い眼光で卯依を見下ろすナイトアイと、一切視線を合わせず俯く卯依。まるで父親に叱られた娘のような光景に何故か私が緊張してしまったが、ナイトアイは淡々と自己紹介をして卯依と卯依の荷物を持って事務所を出て行った。(引きずられるように連れて行かれるところも親子のようだった)


その翌日から、ナイトアイは卯依を連れて出勤するようになった。まず驚いたのが卯依の身なりが綺麗になったことだ。これまでは与えられた服を着るだけで、髪の毛も跳ねていようがお構いなしだった卯依が、いいとこのお嬢様のような格好をしていた。いつも通りのナイトアイと比べて卯依は酷く疲れきった顔をしていた。

公安がナイトアイを卯依のお目付け役に選んだのは、彼の“個性”が大きく関係している。

“予知”

卯依がどの手段を使って逃げ出そうとするかを予知し、ことごとく潰していったナイトアイの徹底ぶりは凄まじく、ひと月が経つ頃には卯依はぐったりとした様子で事務所のソファに寝転んでいた。これまでは事務所内を歩き回って抜け道を探していたのに……。

「行儀が悪いぞ」

とんでもないスピードで書類を捌きながらナイトアイが言うと、卯依はのそのそと体を起こしてスカートの裾を直し姿勢を正した。

「……!!」

まるで別人じゃないかと震える私をよそに卯依は背もたれに勢いよく倒れ、そのまま眠り始めた。その表情は険しく、少なくとも安眠は出来なさそうだ。

なにがきっかけになったかは分からないが、卯依は逃げ出さなくなった。しばらくしてお目付け役としての役目は終わったと公安が迎えに来たとき、卯依は「施設に戻すなら私はまた逃げ出すけど、それでもいいの?」と口を開いた。これまで短い受け答えしかしてこなかった卯依の言葉に驚く大人達をよそに卯依は続ける。

「このままここに居させてくれるなら、もう二度と大人の目を掻い潜って逃げ出さないって約束する。誰にも迷惑をかけない。良い子にするから」

7歳の言葉に公安の職員達は顔を見合わせて帰っていった。ナイトアイは少し驚いたようにも見えたが、卯依を突き放すことはなかった。

私は卯依が落ち着ける居場所を見つけられたことが嬉しかった。

卯依は、ナイトアイが正式に後見人となった頃には、私とも普通に会話をしてくれるようになっていた。“個性”の詳細や、父親の存在は知らされていなかったことなど、これまでの溝を埋めるように卯依と私は話をした。

施設を逃げ出した理由は、無くした記憶を取り戻すために必要なことだったらしい。なにかをきっかけに全て思い出すかもしれないと医者に言われて、実践しただけだと。

なら大人に聞けば良かっただろうと言った私に、卯依は「両親が死んだときのことを、誰が詳しく教えてくれるの」と少し怒ったように言った。卯依は爆発事故があった現場にも足を運んだらしく、あの場にゼファー以外の人間が居たことを思い出したと教えてくれた。

「背が高くて、黒い服を着ていて」

そのとき私は悪い予感がしていた。聞いてはならないと本能が告げていた。

「名前を呼ばれた。初めて会ったのに」

ゼファーの死と、卯依の母親の死が同じ日だったのは偶然などではなかった。

「私の“個性”が欲しいってあいつは言ってた」

そのあとは思い出せないと言った卯依の体を掻き抱く。「もういい」と言った私に、卯依は戸惑っているようだった。


卯依の両親を殺した男を私はよく知っていた。



「もう思い出さなくていい」

その先は、開けてはいけないパンドラの函だ。開けたらきっと、この子の心が裂かれることになる。二年前のあの光景が脳裏に浮かんだ。ゼファーの亡骸をそばで見ていた卯依の表情を。これは現実だと頬を強く打つ雨の冷たさも鮮明に思い出すことができる。どうか卯依は忘れたままでいてほしい。




この二年後、私はオール・フォー・ワンとの戦いで呼吸器官半壊、胃の全摘出を必要とする重傷を負うことになる。卯依の心を救ったナイトアイの予知によって余命を宣告された私は、その終わりが来るまで“平和の象徴”として走り続けることを決意するのだった。