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四月、とうとう入学式の日が訪れた。三日前には引越しも終えて、今は生家に住んでいる。十年前の記憶は曖昧で、久しぶりの家の筈なのに懐かしさは感じなかった。母が倒れていた二階の書斎にはどうしても近付くことができず、子供部屋だった自分の部屋にたどり着くこともできない。私は越してきてからずっとソファで眠りについていた。

スマホの目覚ましを止め、ソファから起き上がり支度を始める。顔を洗って歯を磨き、髪を梳かし、部屋に飾った花の状態を確認して周る。のんびり朝食を取り終え、ニュースに耳を傾けながら皿を片付ける。ここ数年のルーティーンを終えてから、確認の為に一度袖を通しただけの真新しい制服に着替えた。シャツに皺が寄るのが嫌で、中学からつけているシャツガーターを慣れた手つきで装着していく。スカートを履いてからベルトが見えていないことを確認し、ネクタイへと手を伸ばす。身だしなみに気を使うようになったのは後見人の影響があるだろうけれど、神経質までに服装の乱れを気にするようになってしまったのはベストジーニストのせいだろう。街で会う度に身だしなみチェックをされ続けた影響で、今では他人の服装にまで気になってしまうほどだ。さすがに彼のように口を出すことはないけれど、だらしない服装をしている人を見ると……こう、そわそわしてしまう。

以前俊典さんが着ていたブカブカのTシャツを、彼に内緒でサイズを小さくして用意しておいたら、マッスルフォームになった途端に窒息しかけていた。あの時は俊典さんが首元を裂いて難を逃れたけれど、しばらく周辺がざわついていたのをテレビで見た。そりゃビリビリの服を着たNO.1ヒーローが現れたら騒然とするだろう。

―――同じようなことを起こさないように気を付けないと……。

すっかりジーニストの思考に染まりつつある頭を振ってネクタイを首に巻く。ナイトアイが巻いているのを見て練習したこともあり、ネクタイを巻くのにも随分と慣れたものだ。ネクタイピンを装着し、最後にブレザーを羽織ってから姿見の前に移動する。そこに映っている自分は見慣れない格好をしていることもあり別人のように見えた。グレーのジャケットに赤いネクタイ、深緑のプリーツスカートと黒のハイソックス。一度着た際に、俊典さんは「よく似合っている」と言ってくれていたから、おかしなところは無いと思うけれど……。

「……」

睨むように鏡を見ていたけれど、すぐにアラーム音が聞こえて背筋を伸ばす。家を出る時間になっていて、慌ててスクールバッグを手に玄関へと向かうのだった。




校舎に着いてすぐ、校舎案内図を見て教室へと向かう。入試の時にも思ったけれどあまりにも広すぎる。やっと一年の階へ辿りついたところで、「あのぉ」と声をかけられた。振り向くと、同じ制服を着た女の子が居る。

「その制服、ヒーロー科……だよね!」
「うん」

私が頷くと、赤いほっぺたと茶色いショートボブの女の子は目をきらきらと輝かせて両の拳を胸の前で握った。

「私もなんだ! 何組?」
「A組」
「一緒だ!」

握ったままの両手をぶんぶんと上下に振って満面の笑みを浮かべながら、彼女は口を開いた。

「私、麗日お茶子です!」
「私は実操卯依」
「よろしく実操さん!」
「……よろしく」

元気いっぱいの麗日と一緒にA組の教室を目指す。入学式やガイダンスが楽しみだと言う麗日の言葉に返事をしながら、ふとニュースでの報道を思い出した。

『ゼファーの子供が雄英高校ヒーロー科へ』

一体どこから情報が漏れたのだろう。私の顔写真や名前は明かされていなかったけれど、これから“個性”を使う授業があればすぐに私の父親がゼファーだと気付かれる。きっとクラスメイトも知ることになるだろうし、もしかしたら出久にはもうバレているかもしれない。

これまで私をゼファーの子供だと知っていたのはプロヒーローの一部だけ。学校の教師もクラスメイトも、同じマンションの住人も知らなかった。

それを知られると思うと気が重くなる。この先どこへ行ってもヒーローの父親の存在は付き纏う。私の行動が全てゼファーに繋がることになる。

重苦しいため息を吐き出してから、麗日の後に続いてA組の教室へと足を踏み入れる。真っ先に視界に入った友人の表情はこちらを気遣うような顔をしていて、ああ、知られたと咄嗟に気付いた。思わず視線を下げて、全身が凍ったように固まる。

「う、卯依ちゃん……」

視線を合わせない私の名前を呼ぶ出久。きっと心配しているのだろう。でもそれどころじゃなかった。



―――なにそのネクタイの結び方……。