5


のんびりとストレッチを行いながら、測定をしている生徒を観察しておく。インゲニウムに似ていると思ったメガネの男の子は “個性”も酷似していたので、おそらく彼の血縁者だろう。麗日が計測を終えて隣へやってくる。どっと疲れたような表情の中に、少しの安堵が見えた。

「緊張したぁ」
「おつかれ」
「へへ、ありがとう。中学ん時よりは速くなってた」

照れくさそうに言う麗日の顔を見上げて立ち上がる。

「私、指先で触ったものを無重力にする“個性”なんだけど、50m走じゃあんまり活かせられなくて……」

そう言いながら手の平をこちらに向けて見せてくれる麗日。指先には肉球のようなものがついていた。……可愛い。

「全部に活かせる“個性”の方が少ないよ。麗日の“個性”ならソフトボール投げは間違いなく一位だしね」
「!」
「相澤先生も言っていたでしょう? これは“個性”把握テストだって。きっと自分に何が出来て、何が出来ないのかを最初に知るためにやるんだと思うの」

腕を伸ばしながら言うと、麗日は「自分に出来ないことが分かっても、除籍になったら克服もできないよね……」と眉を下げて呟いた。

「確かに……相澤先生が生徒の行いを見て見込みがあるかを判断するならともかく、成績最下位を除籍だもんね」
「せっかくクラスメイトになったのに、一日でお別れとか悲しすぎるよ……」
「なにか、別の意図でもあるのかな」
「……? 実操さん?」

モヤモヤとしたものが頭の中を埋め尽くした頃、私の前の組が計測を測り終えた。氷で凍った道を炎で溶かす男の子と、おそらく透明化が“個性”の女の子。相澤先生に名前を呼ばれてスタート地点に向かうと、同じように名前を呼ばれた出久の幼馴染が隣に並んだ。

「ア?」

この人爆豪って名前なのか……。もしかして席順はこの人の後ろ? 17と18じゃ列の区切りになることもないだろう。プリントを配られる度に罵られたりしそうだな。

「てめェ、入試ん時の……」
「どうも」
「……チッ」

満面の笑みに対して舌打ちの返答。は〜〜〜。入試以来の精神荒波モードがやってきた。多分根っから合わないんだろうな。触らぬ神に祟りなしと言うし、極力近寄らないようにしよう。

STARTの合図が出る前に“個性”発動の準備をしておく。今日は日差しが良好だから、エネルギーの供給元は太陽光で良いだろう。視界に映るエネルギーを自分へと集めていく、原理は簡単でサイコキネシスを使って自分の体を移動させればいいだけだ。普段空を散歩するときも、人を浮かせる時もそうしていた。ゼファーは少し違うやり方をしていたけれど、今の私にはこの方法しか無い。

「START!!」

機械音と共に自身の体を50m先へ向けて飛ばす。地に足はついていないし、走るというよりはその名の通り“飛ぶ”、だ。風のように移動すれば、空気抵抗による半透明の膜が身体を覆った。ある程度のスピードを出すと自動で発生するこれが、身体への負担を軽減させてくれる。ゴール地点を通り越してから“個性”を解除し地面に足裏をつけると、その膜も消滅した。測定器ロボットがピッと機械音を発して「3秒21!」と記録を言ってくれる。連番だ。

「チッ!!」

一秒遅れてゴールした爆豪が私の顔を見るなり舌打ちをしてきた。舌打ちはこの人にとっての挨拶なのかもしれない。

「実操さん凄い! 凄い速かった! びゅんって!」

興奮を隠せない様子で麗日が駆け寄ってくる。戸惑いつつお礼を言ってから、後ろを振り返りスタート地点を見る。出久が緊張した様子でそこには立っていた。緊張しいなのだろうか。ワン・フォー・オールの“個性”なら、私と同じように長座体前屈以外の種目に活かせられると思うのだけれど……。

STARTの合図で走り出す出久は“個性”を使っているようには見えなかった。温存しているのかな、それとも調整がまだ出来ないのかもしれない。そういえば海浜公園で俊典さんとそんなことを話していたような気がする。メールの返事をしていてほとんど聞き流していた。

―――“個性”の調整が出来ない状態であの実技試験に合格したのか。……一体どうやって? そういえば俊典さんから自分のポイントの内訳は聞いたけれど、出久の試験内容については聞いていなかった。

第二種目は握力測定。電子操作で数値を弄って999.9という記録を出したら相澤先生に「そうじゃなくて」と言われてしまった。違うのか……。

「障子を超えるゴリラが居た……」
「虫も殺さなそうな見た目して……」

男子生徒がこっちを見てブツブツ言っていたが、気にせず計測をしなおす。今度はサイコキネシスを使い、電子操作で出した記録に近い記録を出すことが出来た。ちらっと相澤先生を確認すると頷いていたので、これなら大丈夫のようだ。

「世界一綺麗なマウンテンゴリラ」

肘の部分が特徴的な男の子が呟いた言葉を無視して出久を見守る。どこか怯えたように測定器を握る姿を見て、なにを怖がっているのだろうと首を傾げた。