祈りの距離


第五種目のボール投げも、サイコキネシスでボールを遥か彼方へと飛ばした。クラスメイトがぼそぼそと話す声の断片だけ聞こえてくる。ゼファー、超能力。普段の私なら気になって仕方が無かっただろうけれど、今はそれどころじゃなかった。私の測定が終わったら出久の番だ。少しでも考える時間を作らないと、そう思ってボールを長時間飛ばし続ける。とうの昔に見えなくなったけれど、まだ相澤先生が記録を言ってこないということは落ちてはいないのだろう。“個性”の維持は難しくないけれど、視界から消えたものを細かく操作することはできない。障害物(今回の場合は建物や看板)にぶつかったりしない限り、あと数分は一直線に飛ぶはずだ。あと一球分あるから、時間は稼げ―――

「実操、もう一個も今のうちに投げとけ。お前は時間がかかる」
「……」
「早く」


ごめん出久……心の中の声も虚しく数分後には一つ目のボールが何かにぶつかって落ちたようで、相澤先生が「168km」と記録を見せてくれる。凄いスピードで飛ばしていたから、なにか壊していないといいけれど。それから三分も経たずに二つ目も落ち「86km」と告げられた。早い段階でなにかに遮られたらしい。それぞれにかけた“個性”を解除して後ろへと下がる。すれ違った出久はこの世の終わりのような表情だった。円から数メートル離れたところで立ち止まり、振り返る。

自分が計測するときよりも緊張している。出久が思いっきり投げたボールは綺麗な放物線を描いて地面へと落ちた。記録は46m。少し不思議だったのは、投げた本人がその記録に一番驚いたように目を見開いていたこと。

「な……今確かに使おうって……」

出久の発言に首を傾げる。

―――“個性”が使えない?

「“個性”を消した」

後ろから相澤先生の声が聞こえて視線を向けると、先生の髪は逆立って目が赤く変わっていた。そのまま横を通り過ぎて出久のもとへと近寄っていく。

「つくづくあの入試は……合理性に欠くよ。おまえのような奴も入学できてしまう」

出久は相澤先生を見て、はっと思い出したようにヒーロー名を口にした。

抹消ヒーロー、イレイザーヘッド

私はヒーローに詳しくないので初耳だったが、クラスの何人かは知っていたらしい。相手を視ただけで“個性”を消すことができるのだろうか。もしも空を飛んでいる最中に“個性”を消されたらひとたまりもない。あの人の前では高度飛行はやめておこう。

「見たとこ……“個性”を制御できないんだろ? また行動不能になって、誰かに救けてもらうつもりだったか?」
「そっ、そんなつもりじゃ……」

相澤先生が首に巻いた長い布を出久に巻いて引っ張る。

「どういうつもりでも、周りはそうせざるをえなくなるって話だ」
「……」
「昔暑苦しいヒーローが、大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を創った。同じ蛮勇でも……おまえのは一人を救けて木偶の坊になるだけ。

緑谷出久。おまえの“力”じゃ、ヒーローにはなれないよ」

逆立っていた髪が重力に従い落ちる。相澤先生は“個性”を戻したと告げて後ろに下がった。ボール投げはあと一回。なにか、打開策を講じないと。

ぶつぶつと呟いている出久が、意を決したように腕を振り上げる。どうかさっきの呟きが、突破口を見つけたことによるものだと願う。

ぎゅっと胸の前で両の手を握り締める。

腕を振り下ろす途中、腕が前方に最も伸びた瞬間だった。


「……っ!」


出久が投げたボールは遥か先へ飛んでいった。“個性”を使った。けど、なにかが違う。

そばに立っていた私も爆風に巻かれ、手を咄嗟に顔の前に出した。思わず閉じていた目を開き、出久の姿を視界に映す。

出久の右手人差し指は、赤く腫れ上がっていた。入試のときと違い代償が指一本で済んだのは、指の先に力を集中させてボールを投げたからか。

「先生……!」

言葉を無くして立ち尽くす私をよそに、痛みで涙を浮かべた出久が歯を食いしばって顔をあげる。その表情はこれまでと全く違って見えた。まるで別人だ。

「まだ……動けます」

無理をして笑みを浮かべている出久の姿に、何年も前の俊典さんを重ねてしまった。動けない足を強引に前へ踏み出して出久へと歩み寄る。私じゃ考えつかなかった方法でこの場を切り抜けた出久を純粋に凄いと思った。格好いい、とも感じた。けれどどうしてだろう、痛みを我慢して笑うような人になってほしくないと、一番に思ってしまった。