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カリキュラム等の書類に目を通した後、私は教室を出て校長室へと向かっていた。校内案内図を片手に建物内を移動する。これ、地図が無かったら絶対に迷ってたな。私は決して方向音痴ではないけれど、この建物では方向感覚の良い人間でも迷う気がする。
「あった……」
校長室と書いてあるプレートを発見し、居らっしゃるだろうか、と心配しつつ扉をノックする。すると、少ししてから「どうぞ」と聞き覚えのある声が聞こえた。
扉を開けて室内へと進む。「失礼します」と声をかけるとソファの奥から小さな影が現れた。
「やあ! 久しぶりだね卯依くん!」
片腕を上げて笑みを浮かべている小動物の姿をした校長に「どうも」と頭を下げる。出会った時も不思議で仕方なかったけれど、彼はネズミなのか犬なのか熊なのか……。
「さあ、座った座った! 今日は君のために美味しいクッキーを用意しておいたのさ!」
クッキーという単語にそわそわしつつ、促されるままにソファに座る。差し出された紅茶とクッキーの入った入れ物から逸らせなかった視線を頑張って外し、根津校長の顔を見た。
「えっと、お久しぶり……です」
「そんなに固くならなくていいよ。ささ、暖かい内に飲んでみて。この紅茶は私のオススメで、きっと君も気に入ると思うぜ」
言われるがまま紅茶に手を伸ばし、口元に寄せる。ふわりと柑橘系のいい香りがして緊張していた糸を緩むのが分かった。一口飲んで、ほうっと息をつく。
「凄く美味しい」
「それは良かった」
予想外の“個性”把握テストで少し体力を消費したこともあり、ごくごくと飲んでしまった。勧められてクッキーにも手をつける。チョコチップの入ったそれはとても美味しかった。止まらなくなりそう。
「初日を終えて、どうだい? なにか、感想は?」
「担任の先生が、凄く個性的というか」
「ああ、彼は合理的を追求するあまりあんな風貌になってしまったのさ。君は気になって仕方ないだろうね」
「そりゃもう、ずっと頭から離れないです」
「きちんとした格好をすれば案外男前なのさ。生徒が見る機会はそうそう無いと思うけれど」
校長の言葉に、あの見た目に慣れるしかないのかと深く考えていると、根津校長が「そうじゃなくてね」と切り出した。
「ゼファーのことさ。ニュースでも大々的に報道されている。今日の様子を相澤くんから聞いたけれど、クラスメイトには知られてしまっただろう?」
「はい」
「おそらく明日には報道陣が押し寄せてくる」
「そう……ですね」
「勿論、我々は君を好奇の視線に晒さないように出来る限りのことをする。大事な生徒だからね。当然のことさ」
「……」
「けれど、君の心まで守れるのかと聞かれたら、正直自信はない」
ティーカップの中へと視線を落とす。
「オールマイトが何より恐れているのは、この高校へ入ったことをきっかけに、君が十年前の記憶を取り戻してしまうかもしれないということさ」
「……」
「それでも君に雄英を薦めたのは、大人の都合で君の選択を狭めるようなことをしたくなかったから」
おそるおそる顔をあげ、根津校長の表情を伺う。校長は初めて会ったときと同じ表情をしていた。小さい子供に語りかけるように、こちらを暖かい眼差しで見つめている。
「そこにどんな理由があったとしても、君の意思で選んだことに意味があるのさ」
「……」
「六年前に、君が“個性”を扱えるようになりたいと言い出したときと同じさ」
「……それは」
「まだ話していないのかい?」
こくりと頷くと、校長は「そうか」と呟いた。
俊典さんに隠していることの一つ。私がこの六年受け続けている個性のコントロール訓練は、公安からの提案ではない。私が根津校長に相談して、公安に話をつけてもらったのだ。俊典さんは未だに本当のことを知らない。私がゼファーの子供だから公安に目をつけられたのだと、そう思っている。
「君が彼に隠し事をするのは、きっと、彼を傷付けないためだね」
「……」
「昔から変わらない。君はずっと優しい女の子のままだ」
「根津校長……」
「また会えたこと、本当に嬉しいよ」
笑みを深くして言った校長に、「私も嬉しいです」と返す。それからしばらく俊典さんのことを相談してから、校長室を出た。その足で保健室に行った私は、リカバリーガールに挨拶とこれまでのお礼を兼ねて花を贈り帰路についた。