色の無い獣


個性把握テストが行われ、飯田くんと麗日さんという友達ができ、コペルニクス的転回で蔑称が持つ意味を変えた翌日。午前の授業を終えた僕は、昼食を取るため大食堂へと向かっていた。

「退けやクソデク!!」
「わあ! ごめんかっちゃん!」

後ろから聞こえた怒鳴り声に、僕は飛び退いて道を空けた。かっちゃんは不機嫌そうに目を尖らせて横を通り過ぎていく。気が抜けて肩の力を抜いた僕は、隣で卯依ちゃんが不快そうに顔をしかめていることに気付いた。

「気にしなくていいから」
「……」

卯依ちゃんは納得がいかないようだったけれど、僕が昨日、麗日さんに言ってもらった話をすると目を丸めていた。

「頑張れって感じの、デク?」
「そうなんだ」

初めて言ってもらえた言葉を思いだし、照れ笑いをする僕を卯依ちゃんはじっと見つめる。以前よりはほんのすこしだけ目力が弱くなった気がした。

「捉え方は人それぞれだから」
「?」
「出久が良い方向に考えられたのなら、良かった」

卯依ちゃんが少し笑みを浮かべて言う。僕はその言葉も嬉しくて、だらしなく顔を緩めてしまった。指の怪我を心配してくれた飯田くん、蔑称の意味を変えてくれた麗日さん。傍で見守ってくれている卯依ちゃん。なんて恵まれているのだろうかと熱くなった目頭を抑える僕を、卯依ちゃんは不思議そうに見ていた。

「大丈夫?」
「うん……ほら、お昼食べに行こう!」




▲ ▽



向かい合って出久と座り、トレーに乗った料理を食べ進めていく。さっきから出久は目と口を大きく開いてこちらを凝視している。

「どうしたの」
「いや……たくさん、食べるんだなあって……」

出久の言葉を聞いて自分のトレーの上を見る。親子丼と中華そば、惣菜が埋め尽くすようにいくつも乗ったトレーに比べ、出久の前にはカツ丼がぽつんとあるだけ。

「それで足りる?」
「……うん」
「私はこれでも抑えている方なんだけど」
「え!?」

出久は顎に手を当ててブツブツとなにかを呟いている。「あんな細い体のどこにあの量が入るスペースがあるんだ? ……“個性”の影響? たくさん食べたらその分“個性”を使えるのかもしれない」それを聞き流しながら食事を進めていく。

俊典さんが行く先々で貰ってくる食べ物や、残したものをひとりで平らげていた影響か、私は人より食べる量が多い。食べなくても動けるし“個性”は使えるけれど、美味しいものをお腹いっぱい食べたいと思うのは私だけじゃないはず。

「美味しい」

飲み込んでからぽつりと言った私に、出久は何故か嬉しそうに笑っていた。机の横を通り過ぎる人達がぎょっとして私と、私のトレーを見てくるが、こういう視線にはすっかり慣れているので気にしない。

「……」

校長先生や公安の尽力のお陰か、私の名前や顔写真がニュースで出ることはなかった。それでもゼファーの子供の話題はいまだ消えず、しょっちゅうテレビで言及されている。きっとそのうち隠しきれなくなって公になるだろう。そうしたら食堂でご飯なんて食べられなくなるかもしれない。

あまり、父のことは聞かれたくない。

お弁当を作って教室で食べても構わないけれど、量がなあ……。それにランチラッシュのご飯は凄く美味しいし、値段も良心的だ。経済的に不安があるわけではないけれど、自分が一食で食べる量を、毎日お弁当にして持ってくることを考えると気が重い。

「ごちそうさまでした」
「はやっ!」

手を合わせて言った私に、出久は吃驚した様子だった。考え事をしているとすぐに食べ終わってしまうのは私の癖だ。まだまだ食べられそうな気はしたけれど、なんとなく今日はやめておこうと決意して出久の食事風景をじっと見つめる。出久はたどたどしく箸を伸ばしてカツ丼を食べていく。無言で見ていると、出久の顔がどんどん赤みを増していった。


―――明日はカツ丼にしよう。