君が夢を見るならば


僕が憧れのヒーローと出会い、「君はヒーローになれる」と言ってもらえた運命の日から早一ヶ月が経った。今でもあれは夢だったのではないかと思うことがある。けれど焦げたノートに、オールマイトのサインに、彼から貰ったトレーニングメニューが、僕に「これは夢じゃない」と教えてくれる。


今日もメニュー通りに海浜公園のゴミ掃除をこなし、家へと戻った。これまでは普段通りだった。いつもと同じ。ただ一つ違ったのは玄関の扉を開けて視界に入ったローファー。僕よりも小さいサイズのそれが綺麗に整えられて置いてあった。数時間前に家を出たときには無かったはずのそれに首を傾げていると、慌ただしい足音が耳に届く。

「あ、お母さん、この靴って」
「いいいい出久!!」

かなり焦っている母の様子に、僕は何かが起こっているのだと判断して急いで靴を脱いだ。こっちこっち、と手招きで僕を呼ぶお母さんに続いてリビングへの扉を開けると、

「おかえりなさい」
「あ、どうも……」

思わずそう答えてしまってから扉を閉じる。廊下に取り残された僕とお母さんが、ロボットのようにぎこちなく首を動かして顔を見合わせた。

「知り合いなの!?」
「し、知らない! 見たことない!」

お母さんが必死の形相で僕に迫る。嘘じゃない! 見たことないあんな綺麗な子! 一度見たら絶対に忘れないと言い切れる!

恐る恐る扉を開けて部屋を覗けば、やっぱり見覚えのない一人の女の子が椅子に座ってお茶を飲んでいた。光を織り込んだような白い髪と、陶器の冷たさを連想させる白い肌。紺色のジャンパースカートと赤いリボンの制服は、確か東京の有名なお嬢様学校のものだった筈。前髪から覗く、宝石を埋め込んだような赤い瞳がゆっくりとこちらへ向けられる。やばい、目が―――

「……」

綺麗に笑うその表情に、横に居たお母さんが感嘆したように息を零すのが聞こえた。テレビで見る芸能人のように、とてもきれいに笑う人だ、というのが僕の彼女に対する第一印象だった。




変わらずニコニコと微笑んでいる彼女と向き合うように僕が座り、横にお母さんが座る。汗臭い状態で出るのを躊躇った僕に、女の子が自分は気にしない、連絡もせずに押しかけたのはこちらだからと頭を下げた。それでもやっぱり体を引き気味に椅子に座った僕に、女の子が口を開く。数週間ほど前、僕に落し物を拾ってもらったこと。たまたま共通の知り合いが居てお礼の品を持って家に伺った、と話す女の子の言葉が耳から耳へとすり抜けていく。机を挟んだこの距離に居ても向かいの女の子からいい香りがしてきて、それどころではなかった。

「そうなの、出久?」
「う、う〜ん」

落し物を見つけた記憶は確かにあるけれど、すぐに近くの交番に届けたし……何を拾ったのかさえ定かではない。日々のトレーニングのことが頭にいっぱいだったから……。女の子は手元にあった紙袋を僕に手渡してお礼を口にした。反射的に受け取ってしまったけれど、落し物を拾ったぐらいでここまでしなくてもいいのに、とも思った。それぐらい大事な物だったのだろうか。

「直接お礼も言えましたし、もう失礼します。遅くに伺ってしまい、申し訳ありませんでした」

すっと立ち上がって僕とお母さんに頭を下げる女の子に、二人揃って手をぶんぶん振って慌てる。僕たちを見て、その子は微笑ましそうに柔らかく笑っていた。


駅まで送っていきなさいと母に言われて、大急ぎで汗が染み込んだジャージを着替えた。女の子は申し訳なさそうにしていたけれど、この時間に女の子が一人で出歩いたら危ない、と僕が何度も言うと渋々頷いてくれた。