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敵の襲撃があった翌日、臨時休校となり家で勉強をしていた僕は着信を知らせるスマホに手を伸ばした。表示されている名前を見て目を剥き、姿勢を正す。しばらく固まっていたけれど、相手を待たせてしまっていると気付いて応答ボタンを押した。
「もしもし」
スピーカーから声が聞こえて慌てて耳に押し当てる。
「もっ、もしもし」
しょっぱなから声が裏返った僕を笑わず、卯依ちゃんは続けた。
「突然電話してごめん、いま大丈夫?」
「う、うん!」
卯依ちゃんは簡潔に、これから会えないかとだけ口にした。ポカンとして口を開けている僕に、卯依ちゃんが「無理にとは言わないから」と呟く。僕は慌てて「だい、大丈夫! 会えるよ!」と叫んだ。卯依ちゃんはそんなに大きな声を出さなくても聞こえるよ、と優しく言ってくれた。その声の近さと甘さに、僕はなんだか熱が出た時のような状態になっていた。電話、凄い。
卯依ちゃんと時間の調整をしてから「またあとで」と言い合って電話を切る。僕はバッと立ち上がってタンスの引き出しを開けた。な、なにを着ていけばいいんだろう。ジャージと制服以外で卯依ちゃんと会うの、初めてじゃないか? そう考えてからタンスをひっくり返し、服を広げてから頭を抱えた。僕普段何着てるっけ……?
ばたばたとうるさくしていた僕を心配して部屋にやってきたお母さんに、簡潔に事情を話すと、珍しいものを見るような目で服を見繕ってくれた。
その目が好奇心で輝いているのが分かる。
「女の子って……」
「実操卯依ちゃん。落し物の子」
「そ、そう! 楽しんできてね!」
多分話をするだけだろうけど、と言う前にお母さんは部屋を出て行ってしまった。僕は外に出した服をタンスに戻して服を着替える。待ち合わせ場所は馴染みの深い海浜公園で、特に荷物も要らないだろうと財布だけポケットに入れて部屋を出た。玄関で靴を履いていたらお母さんが慌ててやってきて僕に五千円札を手渡してきた。
「帰りになにか買ってくる?」
「実操さんと出かけるんでしょう? これでなにか食べてきたら?」
「ええっ? いや、だって……今日は臨時休校で、休日じゃないし……」
口ごもる僕を見てお母さんは、「それじゃあ帰りにケーキ買ってきて! ついでに二人で食べてきな!」と言って強引にお札を渡された。お小遣いを貰っているから必要ないよ、と言ったけれど聞いてくれなかった。なんだか……普段に比べて押しが強い……どうしたんだろう。不思議に思いつつ家を出て海浜公園へと向かった。約束の時間までは余裕があったから(心の余裕は無い)ぼんやりと空を見上げて歩いた。卯依ちゃん、何かあったのだろうか。もしかしてオールマイトに関係していること? 緊急事態だったらどうしよう、と段々歩くスピードが早くなっていく。最終的にほとんど走っていた僕が待ち合わせ場所に着くと、卯依ちゃんはもうそこにいて海を眺めていた。その姿に緊急性は感じられなかったので、ほっと胸を撫で下ろす。白い髪はやっぱりきらきらしていて、目立つその背にゆっくりと近付いた。
「! 出久」
声をかける前に気がついたようで卯依ちゃんが振り返った。待たせてごめんと声をかけて横に並ぶと、まだ時間になってないよと微笑む。
「急に呼び出してごめん」
「ううん、大丈夫だよ。なにかあったの?」
「昨日のこと、ちゃんとお礼が言いたかったのと」
「?」
首を傾げた僕に、卯依ちゃんが「出久に会いたくて」と言った。僕はひゅっと息を止めて固まった。同時に顔を逸らす。直視できなかった。
「私、ずっと眠ってたでしょ?」
卯依ちゃんの言葉に昨日のことを思い出した。卯依ちゃんが起きる前に、僕は警察の事情聴取を受けて、終わるとそのままパトカーで家まで送ってもらったのだ。
「本当にありがとう。出久は命の恩人」
「そ、そんな大げさな……」
「―――私、昨日のことは一生忘れられないと思う」
卯依ちゃんはそう言って視線を外した。僕はやっと卯依ちゃんの顔を見た。その表情が初めて見るもので胸が熱くなる。少しだけ伏せられた白い睫毛とそこから覗く赤い瞳、熱を帯びた頬と花びらのような唇。出会ってから一年が経過しても、決して見慣れることのない容姿にやっぱり視線を逸らしてしまった。
「出久に救けられたこと、絶対に忘れない」
卯依ちゃんはそう言って僕の両手を握った。細くてすべすべとした白い手が触れている。その手のひらには包帯が巻かれていて、昨日のことを思い出してぐっと目のあたりに力を込めた。
「ありがとう」
ゆっくりと顔をあげて卯依ちゃんの表情を見る。卯依ちゃんは柔らかく微笑んでいて、僕もつられて笑顔になった。ぎゅっとほんの少し力を込めて卯依ちゃんの小さな手を握り返す。
「なにか贈りたいんだけど、欲しいものある? 好きなものとか」
「ええっ、そんな……ありがとうって言葉だけで十分すぎるくらいだよ」
卯依ちゃんは目を閉じて考え込んでから、「それじゃあ明日、お昼ご馳走させて」と言った。申し訳ないと首を振る僕に、卯依ちゃんは少しだけ目を細める。怒っているんじゃなくて、必死に考えているような表情だった。
「……それじゃあ、お金とか物以外なら、受け取ってくれるってこと?」
「??」
訳が分からずとりあえず頷いた僕の手を、卯依ちゃんが下に引っ張る。弱い力だったけれど、不意打ちだったので上体が傾いた。ぐっと近付いた距離に吃驚しているあいだに、卯依ちゃんの顔がすぐそばに迫る。一瞬、信じられないくらい柔らかい感触が頬に触れてすぐに離れた。
「……」
「……」
「……へ」
しばらく至近距離で見つめ合ってから、空気の抜けたような音が口から溢れる。
卯依ちゃんは「映画で女の人が男の人に、お礼って言って頬にキスしてるのを見たことがあって……いやだった?」と不安そうに呟いた。まって、えっ……キス?
―――キス?
「!!?」
キャパオーバーした僕が頬を抑えて状況を把握しようと脳みそをフル回転させている間、卯依ちゃんが「あの映画の男女はもしかして夫婦か何かか?」と考え込んでいたことには気がつかなかった。