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部屋を出て玄関へ向かうと、女の子と母が向かい合って話をしていた。「それじゃあ、気をつけてね」と言うお母さんに背を向け、家を出て駅へと向かう。スクールバッグを手に横を歩く女の子からは、やっぱり鼻腔をくすぐるような甘い香りがした。柔軟剤? それとも香水だろうか。

「ねえ」
「えっ!?」

唐突に声をかけられて大げさに体が跳ねる。思わず足を止めた僕を、声をかけた女の子はじっと見ていた。

「さっきの話、嘘なの」
「ええっ!?」

予想外の発言に目を見開いて固まることしか出来ない僕に、彼女は肩の力を抜いたように一言謝罪を口にした。

「嘘って……どうしてそんなこと」

戸惑いを隠せない僕の言葉に、女の子は考えるように視線を彷徨わせていた。僕から視線が逸れたその瞬間、真っ赤だった瞳が一瞬で金色へと変色していく。

「!!」

思わず身構え、数歩距離を取る。だけど、金色に染まっていた瞳はすぐに元の赤色に戻ってしまった。

「人が居ないか確認しただけ」

固くなっていた体の力を抜いて、彼女の言葉に耳を傾ける。“個性”を、使ったのだろうか。探知や索敵の能力なのだろうか、いつもの癖で顎に手を当てて考えていた僕は、すぐ傍まで彼女が近付いていたことに気付けなかった。

顔を傾けたら触れ合いそうな距離に、彼女が居た。

「!?」

両肩に手を置かれそっと耳元に顔を寄せられる。全身が火に包まれたように熱くなって動けなくなった。さっきよりもはっきりとした香りに思い出す。この香りは花だ。柔軟剤や香水というよりも生花の香り。今考えることじゃないと冷静だったら思えただろう。何もできずにぎゅっと目を瞑っていた僕は、囁くような声で「あんたがオールマイトの後継者なんでしょ?」と言われてもしばらくは何の反応も返せなかった。

「……え?」
「本人からそう聞いたけど」

しれっと言いながら僕から離れた彼女は、お嬢様学校に通う生徒とは思えないほど乱雑に鞄を振り回し肩に担いだ。

「私、オールマイトの同居人。あの人から話聞いてない?」

ぽくぽくと木魚を叩く音がどこからか聞こえた気がする。
そしてチーンと鈴の鳴る音も。

「ああ!! 君が卯依ちゃん!?」

全てが結びついてそう叫んだ僕に、彼女は少し顔を歪めてから「シー」と人差し指を口に当てた。


「彼からあんたのことを聞いて、機会があれば会いに行ってみれば? って言われてたの。海浜公園の掃除が終わる頃に家の前に居れば会えると思ってたんだけど、お母さんとかち合っちゃって」
「……なるほど」

卯依ちゃんのことはオールマイトから既に聞いていた。数少ないオールマイトの秘密を知る人物で、一緒に暮らしていることも。娘さんですかと恐る恐る聞いた僕に、オールマイトは「友人の忘れ形見さ」と言った。

オールマイトの秘密を母に話すわけにも行かないから、落し物の作り話をしたのだろう。なるほどなあと頷いていた僕をよそに、卯依ちゃんが突然僕の二の腕に触れてきた。

「!? えっ!?」

そのままぺたぺたと肩、胸、腹に触れる卯依ちゃんを強引に引き剥がす訳にもいかず、ただされるがままでいる。女の子とまともに話したことさえ無かった僕には到底許容できるレベルのスキンシップじゃない。それもこんな綺麗な女の子に。今にもオーバーヒートして意識を飛ばしてしまいそうだ。

「見送り、ここまでで良いよ。疲れてるでしょ?」

突然切り替わったように、ぱっと体を離して言った卯依ちゃんはそのままテクテクと歩いて行ってしまった。

「ま、待って! 卯依ちゃん!」
「いざとなったら“個性”で逃げるから大丈夫」

追いかけた僕に顔も向けずに言った卯依ちゃんに、反射的にその手を掴んでしまった。

「待ってってば!」

やっとこっちを見た卯依ちゃんの顔は初めて見る不機嫌な表情をしていた。慌てて手を離したけれど、やっぱりこの意見は曲げられない。

「君がどんな“個性”を持っているかは知らない。危険な場面に出くわしても、すぐに逃げ出せるような“個性”かもしれないけど、女の子をこんな時間に一人で歩かせられないよ」
「……」
「せめて駅までは送らせてくれないかな」
「早く休みたくないの?」
「ここで引き返したら、無事に帰れたかどうかが心配で休めないだろうから」

卯依ちゃんはしばらく僕を見つめてから、「じゃあ、駅までお願い」と呟いた。ほっと安心して大きく頷いた僕に、卯依ちゃんはなにも言わなかった。家で見たきれいな笑顔を顔に貼り付けることもなく、涼しげな無表情を続けている。多分こっちが素なのだろうと、小石を蹴飛ばして歩く卯依ちゃんを見ていて思った。