2
おぼつかない足取りで教卓へと向かった相澤先生から目を離せずに居ると、飯田が手をあげて発言する。
「先生、無事だったのですね!!」
「俺の安否はどうでも良い、何よりまだ戦いは終わってねぇ」
ふらつきながら相澤先生が言ったその言葉に、自然と肩に力が入る。先日USJで見た敵のことを思い出していると、先生の口から出たのは予想していない言葉だった。
「雄英体育祭が迫ってる!」
「クソ学校っぽいの来たあああ!!」
―――戦いとは?
ぼうっとした頭のまま、騒ぎ始めるクラスメイトの声を聞き流す。敵襲撃が起きたばかりでの体育祭行事なんて、という言葉に、相澤先生はだからこそだと言った。逆に開催することで雄英の危機管理体制が磐石だと示すためだと。
「何より雄英の体育祭は……最大のチャンス」
相澤先生や、後ろの出久や峰田が話すのを静かに聞く。雄英の体育祭がテレビで放送されていたことは知っていたけれど、これまで一度も見たことが無い。全国のプロヒーローもスカウト目的で見るという八百万の言葉に、胸がずっしり重くなるのを感じた。
体育祭の映像が全国で放送されるってことは、私がゼファーの子供だということも明らかになる。学校の人達はともかく、こうも早く世間に知られることになるとは思わなかった。
ゼファーの“個性”を使うところを、多くの人に見られることになる。
ゼファーを慕っていた人、親しかった人、死を悲しんだ人。
そういう人たちがヒーローの子供に向ける眼差しを、私はよく知っている。
「……はあ」
小さくため息を吐いて、机の上にある自身の手を見下ろした。
HRを終えて一限目の準備をしていると名を呼ばれた。包帯でぐるぐる巻きの相澤先生が、扉に手をかけてこちらを見ている。
不思議に思いつつも席を立ち教室を出て行くその背を追った。
教室を出て数歩進んでから立ち止まった先生に続いて足を止める。昨日、臨時休校なのに出歩いたことがバレた? 俊典さんの家から飛んで帰ったところを見られたとか……? 心当たりが有りすぎて読めない。
居心地の悪さを感じつつ言葉を待つ。振り向いた相澤先生の言葉は、想像もしていないものだった。
「一昨日は、負担が大きい役目を押し付けて悪かったな」
「……いえ」
「俺の指示通り動いてくれたことも、警察への無線連絡も、よくやってくれた」
「……」
「被害を最低限に抑えられたのは、お前のお陰だ」
話を聞きながら段々と下がっていった視線は、気付いたら床を見ていた。
―――最低限の被害、これが?
三人のヒーローは重傷。俊典さんは活動限界時間がまた減った。
私がもっと早く外部への連絡手段を得ることが出来ていたら、もっと早く相澤先生と合流できていれば、
もしかしたら―――
「……政府の訓練を受けていること、先生方は知ってるんですよね」
「校長から聞いてる。……というより、もともと噂は耳に届いてた」
低い掠れた声が耳に届く。公安での訓練で怪我を負ったとき、リカバリーガールを訪ねて近くに来たこともあった。やっぱり教師陣は知っているか。なら尚更、USJでの私の行動は期待はずれだっただろう。なんて、不甲斐ない、情けない姿だろう。
「13号先生はあの時反対していたけど、私は正しい判断だったと思います」
「……」
「私の“個性”ならいろんな問題をクリアできるし、戦闘だって慣れてる」
「……」
「その期待に添えなくて、すみませんでした。先生方に怪我を負わせた上、敵をみすみす逃して……肝心なところでガス欠になって、出久に助けられて」
「実操」
「ゼファーだったら」
「実操」
続けようとしていた言葉は外に出ることなく消えた。外していた視線をあげて相澤先生を見ると、感情の読み取れない瞳を私に向けていた。
「お前はよくやった」
「……」
「誰も死ななかった。それだけで十分だ」
相澤先生は包帯を巻かれている右腕を動かせる高さまで上げてから静止し、無言で見下ろしてから腕を下げた。
「お前はゼファーじゃない。それはちゃんと分かってる」
「……それは、どうも」
再び視線を逸してふてぶてしく言った私に、相澤先生は短く「聞け」と言った。
「始めからプロ並の実力を持っている奴なんてここに居ない。お前が自分の力不足を嘆くなら、これから強くなればいい。そのための教育の場だ」
「……」
「父親との比較は……一生付き纏う問題だろうが、あれこれ言う奴ら全員を黙らせるぐらい、お前が強くなればいい」
「……」
「その力はあると、俺は思う」
相澤先生の言葉が途切れた途端、チャイムが鳴った。先生は顎をあげ「長く話して悪かった」と言って廊下を歩いて行ってしまった。ぽかん、と立っていた私は、飯田に注意される形で教室へと入り、自席へとつく。
もしかして、激励された……?
腕を持ち上げたのも、もしかして肩を叩こうとしてくれたのだろうか。
だらしない格好だからと、父を知っているヒーローだからと、色眼鏡で見ていたのは私の方だった。
ちゃんと、私自身を見てくれる人が居るじゃないか。