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午前の部を終えて、昼休憩のために観客も生徒も席を立つ。息子が雄英高校のヒーロー科に在籍し、最終種目へと勝ち残ったエンデヴァーもまた、同じように関係者用の通路を歩いているところだった。動きに合わせて彼の“個性”である灼熱の炎が揺れる。その威圧感を前に、笑顔で声をかけることのできる人間は数が限られるだろう。
そのうちの一人は、同じくヒーローの、この男。
「久しぶりだな! お茶しよ、エンデヴァー!」
よっ、なんて気さくな声掛けの後に続いたその誘いを受けて、エンデヴァーは振り返る。「オールマイト……」と低く轟く声が男の名を口にする。その鋭い眼光、温度の上がった炎から察するに、エンデヴァーは再会を喜んではいないようだった。
十年振りの再会。最後に会ったのはテレビの鼎談企画。それを口にしたオールマイトの脳裏に過ぎったのは、鼎談の席に居たもうひとりの男。同時に浮かび上がった幼い卯依の表情を思いだし、ほんの少しだけ眉尻を下げる。それから首を数回横に振って、エンデヴァーに顔を向けた。
「見かけたから挨拶しとこうと思ってね」
「そうか、ならもう済んだだろう。去れ」
お前と茶なんて冗談じゃないと背を向けたエンデヴァーの行く手を遮るようにオールマイトは立ち塞がる。「つれないこと言うなよー!」コミカルな動きと軽快な笑いがエンデヴァーの神経を逆撫でしていることにオールマイトは気付かない。
エンデヴァーの息子である焦凍を話題に出し、教育方法を教えて欲しいと口にしたオールマイトに、エンデヴァーは不可解そうに顔を歪めた。
「貴様に俺が教えると思うか?」
突き放すように、オールマイトの肩にわざとぶつかり階段を降りる。オールマイトはしょんぼりと肩を落として、エンデヴァーの背を見下ろした。その視線を受けてエンデヴァーは口を開く。脳裏に過ぎるのは自身の家族、これまでの数十年の記憶。
「これだけ覚えとけ、アレは……いずれ貴様をも超えるヒーローにする。そうするべく、つくった仔だ」
その異常な雰囲気に、オールマイトが身を震わせる。
「今は下らん反抗期だが、必ず超えるぞ……超えさせる……!」
エンデヴァーの感情に比例するように炎の熱が上がる。音を立てて燃え盛る炎に何も言えずに居たオールマイトを置いて、エンデヴァーは階段を降りていく。踊り場に辿り付き、そのまま視界から消えようとするエンデヴァーに、ハッとしてオールマイトは声をかけた。聞きたかったのは二つ。一つは次世代の教育ハウツー。そして二つ目は、共通の友人である男の、娘の話だった。
オールマイトの言葉を無視しても良かったが、その内容に、出された名前にエンデヴァーは足を止めた。止めてしまった。
「卯依、じゃなかった……実操少女のことだが」
実操卯依。自分がよく知っている男の、実の娘。エンデヴァーはかつて自分のサイドキックだった男の顔を思い出す。いつも笑っていた、掴み所のない、もうこの世に居ない男のことを。娘の存在を知ったのは、男が死んだ後のことだった。
気付けば先ほどまで燃え盛っていた炎は、燻るように勢いを失っていた。
「本人から、何か聞いていないだろうか」
「……何かとはなんだ」
エンデヴァーが落ち着いた声で問いただす。オールマイトは話を聞いてくれる様子に胸を撫で下ろし、続けた。卯依がエンデヴァーと面識があることは知っていた。昔施設を逃げ出したころに何度か保護されたことがあり、以来顔を合わせれば話をする仲であると。
「雄英に入学して生家に戻ったと聞いて……。両親のことや、十年前の記憶のことを、君に話していないかって。あっ! 内容を知りたいんじゃないぞ! 相談できる大人が身近に居るかどうか気になっているだけで」
「……何故、貴様がアイツを気にかける」
振り返り、訝しむエンデヴァーに、オールマイトは慌てたように腕を胸の前で振り弁明する。以前相澤に釘を刺されたことを思い出しながら。
「友人の子なんだ、当然だろう」
「……卯依の後見人は貴様の元サイドキックだろう。そいつから聞け」
「それは……」
再びしょんぼりと肩を落とし、指先を合わせ始めたオールマイトをじっと見やってから、エンデヴァーは淡々と言った。この十年で何度も顔を合わせ、その度にいろんな話をした少女の横顔を思い出しながら。
「卯依の口からゼファーの名が出たことはない」
「えっ……」
「俺も何も言っていない」
今度こそ背中を向け、オールマイトから遠ざかる。オールマイトは何も言わなかったが、たとえ何か言ってきたとしても無視するつもりでいた。先ほどまでの熱は消え、冷たさすら胸に感じる。十年前の訃報。吹きすさぶ渇いた風。病院の匂い。蘇る過去の記憶と湧き上がる感情を抑えきれずに拳を握る。勢いのままに横の壁を殴ると、「うおっ」と可愛げのない声が廊下の奥から聞こえた。
「……」
聞き覚えのあるその声に、タイミングがいいなと心の中で呟き廊下を曲がる。そこには予想通りの人物が、壁によりかかってしゃがみこんでいた。
「エンデヴァーじゃん、こんにちは」
血のように赤い瞳がこちらをまっすぐに見る。奴との共通点なんてその瞳しかないというのに、何故かそこにゼファーが居るような気がした。