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卯依は腕や顔の火傷による鈍い痛みを確かに感じながら、ぼやける視界を見ていた。爆破によるものか、精神的なものか、耳はほとんど機能していない。
ぽつり、と冷たいなにかが顔に落ちる。生ぬるい血とは違う。

「―――」

雨が、降り始めていた。

ミッドナイトは思考する。二人の負傷は轟戦での緑谷程ではない。程度で言えばT度熱傷だろうか。試合を中断させる段階ではない、とセメントスと頷きあってステージを見た。

体に付着した血を、雨が流していく。
地面に血が滲んでいく姿をただ見下ろす。
卯依は途端に恐ろしくなって足を退かすも、体がふらついただけだった。
顔を手で覆う。震えた息を吐き出す。

卯依の異変に気付いたミッドナイトが注視した直後だった。卯依は糸が切れたようにその場に崩れ、再び膝をつく。右手で顔を覆ったまま、地面に落ちる血のシミを凝視したまま、動かない。

戦闘不能かどうかを確認するためにミッドナイトが足を踏み出す。―――が、その足がステージに上がることはなかった。

卯依の周囲から風が吹いていた。
それは円を描くように、広がっていく。
戦闘続行だと判断したミッドナイトだったが、卯依の意識はほとんど残ってはいなかった。

これでもかと開かれた瞳はもう、何も見ていない。
脳裏に明滅する過去の記憶。
卯依は深く刻まれた傷をひとつひとつ思い出している。

炎が地面に発生し、雨に打たれて勢いを弱めながら広がっていく。
爆豪が両手の痛みを堪えて、身構えた。
なにをしでかすか分からない不気味さが卯依にはあった。



声が聞こえた。
色のない世界で、ただ一人の声が聞こえた。

女の人の声だった。

―――卯依

卯依の小さな手は赤く腫れている。
はたかれたのだと気付いたと同時に、卯依の胸にはぽっかり穴が開いた。

自分のしたことを恐れるように、母は目をそらす。



―――お願いだから、


ヒーローには、ならないで。



母は震えていた。
ここにいない誰かのことを思い浮かべて、泣いていた。



ほかでもない卯依に、母は怯えていた。







「ああ、かわいそうに」



▲ ▽



それからの出来事は一瞬だった。

白髪女が崩れるように座り込み、その周囲に風や炎が発生する。土煙によってステージが覆われ、視界が狭まる中で、

ステージの中央に、突如それは現れた。

客席からでは確認できないほど小さな、黒い球体。
いつの間にか、それが空中に浮いていた。

物質とは違う、黒い穴は周囲の空気を吸い込み始める。
思いついたのは13号の“個性”。ブラックホール。

吸い込む力によって、自分の体が前へとふらつく。

―――重力操作か? ゼファーが使っていた覚えはねぇ。

重心を下げて耐える俺の横を煙や木屑が飛んでいき、穴に吸い込まれていく。
そして、僅かに黒い穴が肥大したように見えたその時だ。

一瞬だけ吸収が止み、
瞬きの猶予もなく、視界が白に染まった。
咄嗟に、足元のそれに手を伸ばす。


▲ ▽


ステージの二人が煙の中に消えていったと思ったら、ステージ中心から煙が消えた。―――いや、消えたわけじゃない。まるでどこかに吸い込まれていったように、無くなったのだ。

そして、突然ステージの中心で白い爆発が巻き起こる。
あまりのまぶしさに目を開けていられなくなり、強くまぶたを閉じた。

目の網膜には強く焼き付けられた閃光が残っている。

こわばった体に容赦なく爆風がぶつかり、前かがみで観戦していた僕の体は背もたれに強く打ち付けられた。同じように飛ばされたのだろう、あちこちで悲鳴や叫ぶ声があがる。

数秒呼吸を奪われ、思わず呻き声をあげた。
生理的な涙が浮かぶ中で、恐る恐るまぶたを持ち上げる。

爆煙は一切上がっていなかった。

あの分厚い雲さえ吹き飛ばしたのだろう。頭上には雲ひとつない空が広がり、透き通るような青い空と、燦々とこちらを照らす陽光が輝いている。

視線を下ろす。
ステージは見る影もないほど崩壊していた。
客席を支える壁にも大きな亀裂が走り、倒れていたセメントス先生が大慌てで支柱を作り出している。

爆破によって地面が砕かれ、植物創造によって張った根っこが、かろうじて残っている。
その一本を、かっちゃんは握りしめていた。

ぽかんとした表情のかっちゃんの視線の先に、卯依ちゃんは居る。

卯依ちゃんは崩れた瓦礫の上で、気を失っていた。
かすり傷が残る左顔を陽の光で照らして、ぼろぼろの腕を力無く投げ出している。

卯依ちゃんの体は場外に出ていた。

かっちゃんが根っこから手を離し、ふらりと立ち上がる。卯依ちゃんの元へ駆け寄ったかっちゃんは、ぐったりと倒れたままの卯依ちゃんの胸ぐらを掴んで起き上がらせた。

「ふっ……ふざけんなよ!!」

卯依ちゃんの上半身が持ち上げられる。首が反れ、顔の傷がかっちゃんの眼前に晒される。卯依ちゃんに目を覚ます様子はなかった。

「こんなの……こんっ―――」

かっちゃんが意識を失い、瓦礫の上に横たわる。同時に卯依ちゃんの体は再び地面へと落ちた。二人に近付いていたボロボロのミッドナイト。その“個性”によって、かっちゃんは眠らされたのだった。

「実操さん場外! よって……爆豪くんの勝ち!!」

トーナメント決勝戦。
その決着がついた。

「以上で全ての競技が終了!! 今年度雄英体育祭一年優勝は、―――A組、爆豪勝己!!!」

スタジアムを歓声が包む。
地面を揺らす程の声援を降り注がれながら、二人は倒れていた。
その表情はどちらも、穏やかとは言い難いものだった。