6
白ルフが膨れ上がり、力を集められなくなったジュダルが膝をつく。動けなくなったジュダルにアラジンが再び魔法を向ける。上空で見ていた銀行屋は、即座にジュダルを回収し、空へ消えていった。
アラジンの魔法によって呼び出された白いルフ。人の形を成した光が空を飛び、バルバッドの民へと降り注がれる。母を殺され復讐の為に剣を取った少年。仲間を殺され怒りに震える兵士。大切な家族を奪われ絶望に打ちひしがれる者たちを、温かい光が包む。
脳を支配していた恨みが消えていき、ただ悲しみが広がる。バルバッドのあちこちで巻き起こっていた争いは一瞬で終着し、辺りには泣き声だけが響いた。
王宮から遠く離れ、バルバッドを出ていこうとする銀行屋の手には闇の金属器があった。
暗黒点を作り出すため、何度でも黒き器を探せばいい。
そう嘲笑してみせる銀行屋の耳に男の声が届く。
「銀行屋、悪いが貴様はここまでだ」
そう遠くない小島から、天を貫く青い稲妻が光る。空気の揺れが伝播しバルバッドの地を揺らした。ハルは顔を向けたがすぐに視線を戻した。目の前には涙を流し続けるアリババがカシムの亡骸を抱えて深く俯いている。ハルは静かにその背に手を押し当てていた。
脅威が去り、兵士が脱力して座り込む。
終わったのだ。
「なんとか国を……化け物から守り切った……」
兵士の言葉に、アリババは言った。
「俺は何も守り切ってない」
独り言のような呟きだった。
「みんな死んじまった……! 俺になにができたってんだ。まだやりたい事だってあっただろうに……」
腕の中のカシムの亡骸を震える体で抱きしめ、アリババは叫ぶ。
「こいつのことだって……俺は結局、救うことができなかった……!!」
さめざめと泣き続けるアリババの名前をアラジンが静かに呼ぶ。
―――救えたかどうかは、彼に聞いてみよう。
アラジンは両腕を広げルフに語りかけた。
「あのね、死んでしまった人は……消えてなくなるわけじゃないんだよ」
アラジンの額に再び八芒星が浮かび上がる。
聖宮で与えられた新しい力。
「―――『ソロモンの知恵』!!」
先ほどと同じように、アラジンの周囲に光が集まっていく。人の形をしているその光は、前回とは比べ物にならないほどの数へと増えていった。眩い光に、アリババは咄嗟に腕で目を覆う。
「あ! ホラ、来たよ! アリババくん!」
明るいアラジンの言葉で腕をどけたアリババは、信じられないものを見た。
光はアリババの両親、アニスとバルバッド先王の姿をしていたのだ。
なぜ、どうしてと呟くアリババの問いにアラジンは答える。
「彼らは確かに彼らだったルフだけど……今はもう、大きな“流れ”の一部なんだよ」
「ルフ……の“流れ”?」
亡くなった人々は消滅するわけではない。
大いなるルフへ還っていくだけ。
それはすべて繋がっていて、世界を包んでいる。
それは絶えず流れ続け、今を生きる者たちに味方している。
「だから、人が死んでしまうことは悲しいけれど……永遠のお別れなんかじゃないんだよ」
アラジンがアリババの肩に手を置く。
「君のやり方を、生き方を、彼らはいつも見ている。
―――ずっと、見守っている」
木漏れ日のような眼差しがアリババに向けられている。
深く傷付いたアリババの心に、溶けるような優しい光が差し込まれた。
アラジンの呼びかけに応え、人の形をしていたルフたちは一斉に飛んでいく。
懐かしい、大好きだった人のもとへ。
仲間、友人、恋人、家族。
かけがえのない存在が、励ますように、時に叱りつけるように寄り添う。
俯いて涙を流すアリババに、小さな光の手が差し出された。
その手の主はマリアムだった。
幼い頃に別れ、バルバッドの政策によって命を落とした、カシムの妹。
顔を上げたアリババに安心したのか、マリアムは背を向けて遠ざかる。
その先に居た光の人物の元へ飛んでいき、伸ばされた手を掴んだ。
「……カシム」
兄妹が仲睦まじく手を繋ぎ、穏やかな表情でアリババを見下ろしている。
「ねぇ、君は本当に……彼らを救えなかったと思うかい?」
マリアムは笑っていた。アリババが大好きだった花のような笑みを浮かべ、手を振っている。その後ろで、カシムも笑っていた。
眉尻を下げて、優しさを瞳に灯らせ、まっすぐにアリババを見ていた。
「君の友達の、この国の闇はもう晴れたんだよ」
太陽に向かって、ルフたちが登っていく。
集まった光はまるで天上へ続く道のように伸びていった。
カシムとマリアムも、笑顔のまま光の道を昇っていく。
アリババはその姿を一心に見つめた。
目に焼き付けるその姿を見て、安心したようにアラジンとハルは肩の力を抜く。そうして二人で視線を合わせ、アラジンが小さく微笑んだ。ハルもそっと瞳を伏せる。
バルバッドの空からルフの道が消えていく。
残された者の内には悲しさだけではなく、未来への希望の火が灯されている。
役目を終えたシンドバッド、モルジアナらが宮城へと戻ってきた。
モルジアナはアラジンら三人の名前を叫ぶ。
ぼろぼろで傷だらけの三人の無事をこの手で触れて確かめたくて、一心不乱に駆け出した。全員まとめて抱きしめたモルジアナの腕の中で、三人は顔を見合わせる。
アラジンが最初に笑って、アリババは気が抜けたように座り込み、ハルがモルジアナの無事を確かめる。ぎゅうぎゅうに押し込められた三人分の体温と優しさに、アリババは人知れず宝石のような涙を一粒零した。
自分を暖かく見つめる家族の眼差しを思い浮かべ、友人たちの背に手を回す。
その心には光り輝く星が宿っている。
その星は優しく、アリババを見守っている。
いつまでも、いつまでも。永遠に。