限りなく不透明であるもの


アラジンらを乗せた船がシンドリアへ到着し、全員が魔道士による治療を受けると、四人は食客として緑射塔の一室を与えられた。初めはそれぞれに個部屋を宛てがわれたのだが、友人を失ったばかりのアラジンとアリババにとって一人で過ごすにはあまりにも広く、静かすぎる。
モルジアナがその広さに萎縮してしまったこと、ハルが一人部屋を遠慮したことから、四人は大きめの一室を与えられたのだった。

シンドリアへ来て早数日。医者から「しばらく安静にするように」と言われたハルの代わりに、マルバスの剣の手入れはアリババが行っていた。
焦燥や悲嘆を誤魔化すためか、アリババは深く俯いている。その横には笛を見下ろして落ち込むアラジンの姿があった。ハルとモルジアナはただ静かに、二人の傷に寄り添い続けた。

四人が並んで寝転がってもずいぶん余裕がある大きな寝台の端で、ハルが一人体を横たえている。他の三名は、バルバッドから帰国したというシンドバッドに会いに部屋を出て行った。

「ハルさんは大人しく寝ていてね」とアラジンに念を押すように言われてしまうと、上半身を起き上がらせることも憚られる。ハルが一人寝台の上から窓の外に映るシンドリアの空を見上げていると、扉の奥からジャーファルの声が聞こえた。すぐに手元の布を顔に巻きつける。
アラジン達以外と顔を合わせるときはいつも顔を隠していた。

入室の許可を求める声に応え待っていると、部屋へ入ってきたのは数日振りに顔を合わせるシンドバッドだった。

視界に入った瞬間に寝台から起き上がろうとするハルを、二人が慌てて押し戻す。シンドバッドはここに来る前に医者からハルの容態を聞かされていた。ジュダルの攻撃によって深く抉られた脇腹の傷が一番深く、骨どころか臓器にまで負担がかかっていたこと。その状態で戦闘を続け、状態がかなり悪化していることも。
起き上がる動作も激しい痛みが伴うだろうに、とシンドバッドは顔を曇らせる。
布に覆われたハルの表情は見えない。痛みが酷いようであれば薬を処方するとジャーファルが提案しているが、ハルが痛みを訴えたことは一度もないという。

ハルは横になった状態で出迎えた無礼に対する謝罪を口にしてから、魔道士たちによる治療と、食客として迎え入れてくれたことへの感謝を告げた。

「気にしなくていい。怪我を治すことを一番に考えてくれ」
「……はい」
「それから、アリババくんたちには先に伝えたんだが、」

シンドバッドはアリババへ伝えた内容を再び繰り返した。数ヵ月後、シンドバッド自らが煌帝国へ交渉しに行くこと。そして、今のバルバッドには煌帝国の軍が駐在しており、一時的な統治を行っていることなど。

バルバッドの自治を認めてもらえるよう、煌帝国の皇帝にかけあうと言ったシンドバッドに、ハルはこくりと頷いた。交渉人が七海連合の盟主であれば、煌帝国の皇帝も耳を傾けてくれるかもしれない。そんなハルの瞳をじっと見つめて、シンドバッドは傍らに立つジャーファルに声をかけた。

「ジャーファル、少し席を外してくれ」
「? はい」

静かに部屋を出て行くジャーファルの背をハルが見送る。
扉の閉じる音が聞こえてから、シンドバッドは言った。

「俺がここを発つ前に、話しておきたいことがある」

シンドバッドの真面目な表情に、ハルは言葉の続きを待つ。

「君が頑なに素顔を隠す理由だ」

ハルがシンドリアへ向かうことを拒んでいたということを、シンドバッドはジャーファルから聞かされていた。アリババとの会話を終えたあとは大人しくしていたらしいが……。

―――彼女がシンドリアに滞在することを良しとしない理由は想像がつく。シンドリア王国とレーム帝国は同盟国でも無く、友好条約も結んでいない。素性を明らかにしていない現状のままシンドリアに滞在することを避けたいのだろう。

―――“汝、嘘偽りを述べるなかれ”、か

(本当に真っ直ぐな生き方しか出来ないんだな……レームの騎士は……)

「俺は、王としてこの国と民を守る義務がある」

シンドバッドは、ハルの素性に検討がついていた。
バルバッドで見たハルの素顔。
騎士という身分と、その立ち振る舞いから。
ハルがどこの国の生まれで、どの階級の人間なのかを。

―――煌帝国との交渉でしばらくは忙しくなる。俺も長く国を空けることになるだろう。同盟国でない大国の皇族が食客として招かれている、というのは問題がある。ハルには悪いが……部下への説明はモルジアナと同じ「バルバッド王子の友人」で構わないだろう。

なにより、公表するにしても別の問題が……。

部下の顔を思い浮かべながら考えるシンドバッドの前で、ハルはゆっくりとその上体を持ち上げた。