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シンドバッドの発言に、ハルは僅かな時間目を閉じた。

王が優先すべきは民の安寧。

起き上がり、シンドバッドの目を見返す。
―――アリババやアラジンのことは心配だが……、シンドリアの民に不安を与えてはいけない。

「分かりました。荷物を纏める時間だけ頂ければ、すぐにでも」

あっさりと言いのけたハルに、シンドバッドは大きな目を丸める。

「待ってくれ、そうじゃない。追い出す訳ないだろう」
「……得体のしれない人間を、国に置くことを許可するのですか」
「ああ」

間髪いれずに答えたシンドバッドに、ハルは布の下で眉を顰めた。
その真意を知りたくて、言葉の続きを待つ。

「君はシンドリアに仇なす人間なのか? 罪のないシンドリア国民を傷付けるのか?」
「っ、いいえ! ですが……言葉ではなんとでも言えます」

わずかに視線を下げたハルに、シンドバッドは小さく呟く。
「やっぱり、君は真面目だな」
そう口にするシンドバッドの肩の力が抜けていくのがハルには分かった。

「確かに、俺は君が何者なのかを知りたいと思っている。だが、今ここで話してくれと言っても、君は口を開いてはくれないんだろう。―――だから、現時点での材料で判断する」
「……」
「君は故郷でもないバルバッドで、そこに暮らす国民を守るために身を挺して戦った。それを、俺はこの目で見て知っている」

草色の瞳がじっとシンドバッドに向けられる。
温度のあまり感じられない瞳の下、ハルは言った。
理解ができない、と。

「……素顔も、本名も明かさないような女です。私がシンドバッド王の立場なら、最低限の治療を受けさせたあと、国外への船に乗せています」

冷たく言ったハルに反して、シンドバッドは「はは」と笑った。

「どうかな。ハルなら理由をつけて、傷が完治するまで置いておくんじゃないか」
「……」
「君は真面目で、なによりもやさしい。初めて会ったときに、俺を警戒しつつ話を聞いてくれたようにな」

ハルが目を丸め、宝石のような瞳を輝かせる。

「そのやさしさに俺も報いているだけさ」
「……そのことなら、ホテルの代金で既に返されています」
「ん? ……ああ、そうだったな。でも、人と人との関係は貸し借りや、恩、そういう利害だけじゃない。騎士である君はよく分かっているんじゃないか?」

シンドバッドの言葉に、ハルは「そう、ですね」と呟いた。その姿を前にシンドバッドは椅子から立ち上がり、「なんにせよ」と切り替えるように笑った。

「俺は君を歓迎する。ようこそ、俺のシンドリア王国へ。

―――ここでの日々が、君にとって良いものになることを願っている」

そのまま背を向けて扉へ向かっていったシンドバッドに、「待ってください」とハルは言った。振り返るシンドバッドの視線の先で、ハルはゆっくりと寝台から降りる。

寝台から数歩離れてから、シンドバッドの前に跪いた。
驚きで目を見張るシンドバッドに向け、ハルが口を開く。

「多くの恩を賜っておきながら、私は、己の身分を明かすことができません。礼を失した行いを謝罪致します。どうか、無礼をお許し下さい」

右手を胸に添え、片膝をついてハルは深く俯いていた。
シンドバッドが言葉を探しているとハルはその顔を上げる。

その瞳に一切の曇りはなく、真っ直ぐにシンドバッドを見つめている。

「約束致します」

毅然とした口調で、ハルは続けた。

「我が剣に誓って、騎士の誇りにかけて、シンドリアを害するような行いは致しません。
―――シンドバッド王。あなたと、あなたの国へ最大の敬意を払います」
「……ああ、信じている」

凛々しい眉を下げて柔らかく微笑んだシンドバッドは、跪いたままのハルの正面にしゃがみこんだ。その近さに慌てているハルを立ち上がらせ、その背と膝裏に手を回すと優しく抱き上げる。

「えっ、あのっ」
「医者から安静にするように言われてるだろう? いいから、大人しくしていなさい」

ハルは叱られた子供のように身を縮めて動かなくなった。数歩先の寝台へ移動し、その上にハルの体をそっと下ろす。右手が膝裏からふくらはぎを通り足を伸ばさせてから、背中に添えたままの左手を寝台へと近付ける。

傷に負担がかからないように、と時間をかけてハルの上半身を寝台の上に倒すと、自然とシンドバッドはハルに顔を寄せている体制になっていた。間近で見る青磁色の瞳が煌めく。じっとそれを見下ろしていると、扉をノックする音が聞こえ「シン、そろそろ約束の―――」と入ってきたジャーファルの言葉が不自然に途切れた。

シンドバッドがハルの背と寝台の間から左手をそっと抜き取って振り返る。
扉を開けたままの体制で固まったジャーファルは顎が外れんばかりに口を開いていた。

「怪我人相手に……まさか……」

顔を真っ青にしつつも徐々に鬼の形相へ表情を変えるジャーファルに、「違う! 誤解だ!」とシンドバッドは弁明するが聞き入れられることはなかった。そのまま引っ張られるように部屋を出て行く二人に、ハルは掛布をたぐり寄せながら(国王が頬を摘まれるところは初めて見たな)と言葉を失うのだった。