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アラジンたちがシンドリアへ来てから二ヶ月が経った頃に、シンドバッドは部下と共に煌帝国へ向けて旅立った。それをただ見送ることしか出来ないアリババの背を、アラジンとモルジアナが支える。ハルは未だに、療養のため安静を言い渡されていた。

「ハル、入っても構いませんか」

扉の奥からジャーファルの声が聞こえ、ハルは慣れた手つきで顔に布を巻きつける。返事を聞いてから入室したジャーファルの後ろでは、何度か見たことのあるシンドリアの軍人の男が大きな箱を抱えていた。

「鎧の修繕が終わったそうです。確認だけお願いします」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。感謝します。ジャーファル殿」
「いいんですよ」

優しい笑みを浮かべてハルを見るジャーファルに、ハルは布の下で申し訳なさそうに眉を下げた。シンドリアへ来てからというもの、ジャーファルの含みのない優しさに、ハルは戸惑いを隠せずにいた。

上体を起こしたハルが修繕された自身の鎧に触れていく。ジュダルの攻撃によって窪んでいた穴も亀裂も、綺麗に修復している。鎧にかけられた魔法はさすがに消えてしまったようだが、腕のいい職人が居るのだなと素直に関心して、ハルは感謝の言葉を述べた。怪我が治ったあと、職人に直接お礼が言いたいと続ければ、ジャーファルは嬉しさを隠さずに笑い頷いた。
その厚意も、優しさも、自分には過ぎたものだとハルは思う。ハルが隠し事をしていることを、聡明なジャーファルも気付いているはずなのに。

それから一月が経過したある日、ハルは初めて自由に歩き回る許可を得た。これまでは身を清める際にしか部屋の外に出ることは無かったが、激しい運動をしないのであれば、と条件付きで外を歩くことを許されたのだった。

医者の言葉に誰よりも喜んだのはモルジアナだった。
バルバッドで見た、血に塗れたハル。
怪我を隠し戦っていたハルの姿を、誰よりも近くで見ていたから。

その日からハルは、モルジアナの提案で日中は部屋の外を歩くことにしていた。
シンドリアの町並みが見える場所。周辺の森で見た動植物。
口下手ながら必死に説明するモルジアナを、ハルは穏やかな眼差しで見下ろす。
その体は三ヶ月前のように、鋼鉄の鎧によって覆われていた。



シンドリアに滞在して三ヶ月。痩せた体が一向に変化しないアラジンとアリババに対して、ハルは珍しく険しい表情を見せた。食欲がないから、と給仕を断る様子を見て「食事を疎かにしてはいけません」と口を挟む。ハルの言葉に、アラジンは顔を曇らせた。

「ハルさん……でも」
「でも、ではありません。人間は、栄養を補給しなければ健全な肉体を維持することができない」

じっと見下ろすハルの視線にアラジンとアリババは俯いて口を噤んでしまった。その姿を、モルジアナはもどかしそうに見ている。少しでも元気を取り戻して欲しい。食事をとってほしい。けれど、二人は現状に精一杯で、分厚い心の壁を築いている。これ以上のことを望むことは躊躇われた。
ハルは剣のような鋭さで、その壁を切り崩す。

「バルバッドの件はシンドバッド王にお任せする他ありません」
「……」
「この現状に憤るのも、無力さを実感するも結構。ですが、こうしている間も時間は過ぎていきます。いつまで、そうしているつもりですか」

突き放すような言葉に、モルジアナが「そんな、言い方……」と呟く。傷付いた表情のモルジアナを視線で制し、ハルは続けた。

「二人共、友人から託されたものがあるのでは?」

アリババが顔を上げ、ハルの、鋭い刃のような青磁を見返す。その耳には、最愛の友人であるカシムのピアスが増えていた。

アラジンの始まりは金属器を探す旅だった。
アリババの始まりは力を得るための旅だった。

「もう一度、考えてほしいんです。これから自分が何を成すべきなのか。なんのために、戦うのか」

一歩机へと踏み出したハルは、手付かずだった料理に手を伸ばした。鉄の鎧に包まれた手が匙を掴み、シンドリア名物の魚をひと切れ掬い上げる。

「まだ、それが難しいというのなら、お二人は出来ることから始めるべきです」
「……ハル」
「まずは食事から。食欲がないなんて言葉は聞きません」

ずいっと口元に差し出された魚に、アラジンは口元をぎゅっと結んでからおそるおそる口を開いた。ゆっくりと口内に匙が運ばれ、舌の上にじんわりとした味が広がっていく。
しばらくまともな食事をとっていなかったからと、料理人が考えた優しい味付けの料理を、アラジンは静かに咀嚼して飲み込んだ。

「―――美味しい」

そっと落ちた言葉に、後ろで恐る恐る見守っていたモルジアナが表情を和らげる。
ハルの鋭い視線が向けられ、アリババも机の匙へと手を伸ばした。
食欲はない。今までのように喉を通らないかもしれない。
―――それでも、

ぱくりと口に入れたスープは、冷え切った胸をゆっくりと温める。
脳裏に浮かぶのはバルバッドの光景、失った友人、置きざりにした者たち。

(俺が、託されたもの。これから、なんのために、戦うのか……)

あれだけ動かなかった手が、止まらずに料理へと伸びる。
何も言わずただ食事をするアラジンとアリババを、ハルとモルジアナは静かに見守っていた。

ジャーファルの勧めで二人は席につくと、同じように黙々とシンドリアの料理を口に運んでく。時折聞こえる「美味しいね」というアラジンの声と同意する三人の会話に耳を傾け、ジャーファルはそっと胸を撫で下ろし、追加の料理を頼むのだった。