2


和解を経て師弟となったヤムライハとアラジンの特訓の様子を、アリババはじっと見つめている。顔を伏せて見たのは、自身の金属器だ。不安を示すように、アリババの手がナイフに触れる。

「やあ、励んでいるようだね」

顔をあげたアリババと、アラジンを見守っていたハルが声の方向を向く。そこにはシンドバッドとモルジアナが立っていた。金属器の修行という名目で連れ出されると、アリババは口を開く。シンドバッドが帰国したら相談するつもりだった、とそう言って鞘から剣を引き抜いた。バルバッドでの戦いで傷つき、折れてしまった金属器だ。あれ以来魔装どころか炎も出ず、アラジンの語りかけにアモンが応じることもなかった。

「確かに、この剣はもうダメだな。しかしアモンが死んだのではない」

金属器が壊れたのなら、他の金属器に移し替えればいい。シンドバッドの言葉にアリババとモルジアナが安堵したように表情を綻ばせる。ただし、どの金属器に移し替えるかが重要だった。ジンは主と一体化して力を発揮するもの。同じように、ジンの宿る金属も、主に馴染んだものが好ましかった。

アリババが肌身離さず持ち歩き、そしてアモンが選んだナイフ。それは、アリババが王宮して間もない頃に、商学の課外実習の儲けで手に入れた物だった。バルバッド王が見に来ていた日、アリババは初めてひとりで商売の交渉を成功させた。

―――我が国は貿易の中心地。商売の機微をこうして身に付けるのは大事だ。

―――その調子で学びなさい。

アリババの脳裏に浮かぶのは、ずっと昔の記憶だ。衛兵と共に自らの足で立っていた父の姿。思えば、あの頃から、父が咳き込むところをよく見るようになった気がする。

「安物なんですけどね! 壊れて、ちょっと残念です」

懐かしむように笑ったアリババを、シンドバッドが優しげな眼差しで見守る。それから静かに踵を返した。

君に渡したいものがある。そう言ったシンドバッドの後をついていった三人が辿りついたのは、数多くある居室のひとつ。兵士の見張りもいるその室内には、多くの箱が並んでいる。

「いつか君に渡すべきだと思ってはいたんだが」

シンドバッドが取り出した剣は、一目で高価なものだと判断できる代物だった。
黄金の竜を象った柄。
埋め込まれた赤い宝玉と漆黒の鞘。
それは、かつてシンドバッドがバルバッド先王ラシッドから授かった剣だった。

「国を興したばかりの頃、俺は国のありかたについて右も左もわからなかった上になぁ……」

とある戦があって、と続けたシンドバッドの苦悩を僅かに滲ませた表情にハルが目を丸める。

「自国と民が傷つき、路に迷っている時に、心をひきしめるために授かった」

宝剣を手にとったシンドバッドが思い出している惨状は、バルバッドでアリババが見たものと酷似していた。あたりを包む黒煙、ずっと消えない死の匂い。失ったもの。手からこぼれ落ちた命。止むことのない後悔。

―――そして、自分が託されたもの。

「今度は俺が、これを君に託そう。もし君に、再び剣を取り、志さねばならぬものがあるのなら」

アリババがシンドバッドの前に膝をつき、顎を持ち上げる。

「―――命をかけて!」

モルジアナが言葉を失って二人のやり取りを見ている横で、ハルは過去の情景を思い出していた。

(まるで騎士の叙任式のようだ)

口を結んで見ていた女性陣二人に、シンドバッドが顔を向ける。先ほどの荘厳な雰囲気が霧散したようにシンドバッドは笑んでいた。

再びシンドバッドの案内で移動した三人がやってきたのは宝物庫だった。煌びやかな黄金や宝石が所狭しと並ぶその部屋の眩しさに、アリババが目を細める。モルジアナに、好きな金属の品をひとつ選ぶようにいったシンドバッドの言葉に、アリババは驚いて声をあげた。モルジアナにも必要なのかと問うたアリババにシンドバッドは頷く。モルジアナがアラジン、アリババ、ハルと共に戦うのなら、と。

「ジンの金属器使いの側にいる者は、眷属となる場合がある」

王の器にひかれる者。
王の「魔力」とそのジンの能力の恩恵を受ける強力な戦士。
そうなった場合、眷属器と呼ばれる力を宿す器が必要だった。

「身に付ける金属ならなんでもいい。モルジアナなら、どれもよく似合うよ」

そういって差し出された首飾りに、モルジアナが目を瞬かせて小さく口を開ける。返す言葉が見つからず自然と下がっていった視界には、自分が今まで身につけたことも、触れたこともないような装飾品が並んでいた。

「これなんかお前に似合うんじゃねーか?」

アリババの右手にはゴツゴツした表面と何本もの角が生えたような黄金の手甲。シンドバッドが(女の子にそれはないだろう)と呆れているその横で、モルジアナが静かに手甲を着用する。それも両腕。「私に似合いますか」と頬を膨らませて見せるモルジアナに、アリババは純粋な笑みで「すげー強そう」と返している。

「その手甲は……素晴らしい品だとは思いますが、普段から身に付けるには、少々問題があるかと」

気を遣ったハルの物言いに、シンドバッドが胸を撫で下ろす。

「なにか、思い入れのある物や大切な品があればいいんだが」

シンドバッドの言葉に、モルジアナは思いついたように目を見開いた。それからおずおずとポケットに手を差し込み、何かを取り出す。モルジアナの小さな手のひらに乗ったそれに、ハルと……シンドバッドが、驚きで身を強ばらせた。

月桂冠と獅子が精巧に刻まれた銀色のブローチ。
第7迷宮でハルから渡され、以来、ずっと大切に持ち歩いていた大切な品だった。

「なんだ、それ?」
「以前、ハルさんから頂いたんです。故郷へ行く際に使って欲しいと」
「?」

モルジアナとアリババが会話を交わす中で、他の二名は不自然な程に口を閉じていた。重い空気にアリババが気付くよりも先に、口を開いたのはシンドバッドだった。