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二人のやり取りを静かに見守っていたシンドバッドが口を開く。
「そうなると……他に金属はないのかい? さっきアリババくんが話してくれたナイフのような、何年間もずっと身に付けていたものがいいんだが」
シンドバッドの問いに、考え込むようにしてモルジアナは視線を落とした。足元を見て思いつくものが頭に浮かんだモルジアナは、心当たりがあるから持ってくる、と部屋を出たのだった。
「……」
「……」
(き、気まずい)
モルジアナが部屋を出た途端に沈黙が室内を包む。重苦しさすら感じる室内の空気にアリババが一人冷や汗を流していると、ハルが口を開いた。
「シンドバッド王、先ほどの話ですが」
「!」
驚いたアリババの表情を見て、シンドバッドは僅かに目を丸めた。
「すまない、ハル。俺は君がレーム帝国の人間であることを、既に知っていたんだ。確信したのはついさっきのことだが」
「……」
「その様子じゃ、アリババくんは知っていたんだろう?」
恐る恐る頷いたアリババから視線を流し、シンドバッドはハルを見た。鎧の下からじっと突き刺さるような眼差しを見つめ返し、その肩に手を置いた。
「アラジンも知っているのか?」
「……レームの人間である、ということは」
「そうか。……詳しい話は場を改めよう。もうすぐモルジアナも戻ってくる」
ハルが小さく首を揺らすのと同時に、布に包まれたなにかを抱えたモルジアナが部屋へ入ってきた。肩から手を下ろしたシンドバッドが迎え入れ、空いた机の上にそれを広げさせる。
中から出てきたものに、モルジアナ以外の表情は驚愕に染まった。
断ち切られた鎖、鍵を開けられている枷。
「私がチーシャンでずっと足につけていた足枷です。捨てられずにずっと持っていました」
「あの……いや、でもこれはさ……」
アリババが伺うように言葉を選ぶ横で、同じようにハルも戸惑っているようだった。眷属器は普段身に付けることになるもの。モルジアナが、その器として自分を縛り付けていた拘束具を選ぶことに動揺を隠せないようだ。
「これがいいんです」
何年も身に付けていた冷たく固い金属。
足枷も、鎖も、檻も嫌いだった。
冷え切った鉄の塊。
その鎧を全身に纏っていた人は、奴隷だったモルジアナを助け、初めて肩を支えてくれた存在だった。逃げる道を示してくれた。奴隷商人が探し求める程高価な代物を惜しむ様子すら見せずにモルジアナに与え、故郷への道を開いてくれた。
モルジアナを縛っていた枷は、アラジンが語りかけ、ゴルタスが断ち切り、アリババが外してくれた。
―――この足枷には、私の大切な人たちからの優しさと、恩義が詰まっている。
「私にとって、これはもう恐ろしいものではないんです」
「……」
「誇らしい、大事な品です」
足枷を手に晴れやかな笑みを浮かべるモルジアナに、アリババは驚きで口を大きく開く。その横でハルは言葉を失っていたが、シンドバッドだけは一人優しげな微笑を浮かべ、見守っていた。
モルジアナの足枷を金工職人に任せたあと、早速アモンを剣に移し替えたいと言ったアリババにシンドバッドはいくつか助言をした。バルバッドの宝剣が馴染むまでジンの移し替えはできないこと、それまでは剣術の修行に専念するように、と。
アリババの視線の先にいるには、数ヵ月前から師弟となったモルジアナとマスルールの姿だ。広場ではアラジンとヤムライハが今も魔法の特訓をしているのだろう。
「あの、シンドバッドさん!」
「ん?」
「俺に、剣術の稽古をつけてくれませんか?」
アリババが王宮で剣術指南を受けたのは数年間のみ。そう頼み込んだアリババに、シンドバッドはちらりと横に立つハルを見た。彼女の視線は、今は広場で行われている合同演習に向けられている。混ざりたいのだろうか。
シンドバッドは口の横に手を添え、小声でアリババに話しかける。「ハルには頼まないのか?」と。本音を言えば、剣術で言えば自分ではなくハルの方が腕が立つだろう。
小声で言われた理由が分からなかったアリババはいつもの声量で答えた。
「前に頼んだんですけど、断られたんです」
その返答に驚いたシンドバッドを見つつ、アリババは続ける。
「なんか、教えるには相性が悪いとか言って……ただの打ち合いなら付き合ってくれるんですけど」
「……なるほど」
シンドバッドは、バルバッドで見た二人の戦い方を思い出す。小さなナイフを片手で持ち、一点を突くように自身に向かってきたアリババと、ロングソードを軽々振り回し、真正面からジュダルと戦っていたハルの姿を。
「確かに、君たちの戦い方は対極的だな。ハルが使っているのは両刃の剣。あれは相手を叩き斬るためのものだ。短剣を用いる、刺突に特化したバルバッドの王宮剣術とは異なる。……アリババくんの武器化魔装はハルの持つ剣とよく似ているが、彼女のようになるには時間がかかるだろう。なにせ、一から全く違う技法を身に付けるんだからな」
自分の名前が出てきたことでハルが振り返る。
「ただ、このシンドリアには君の師に適任な人間がいるんだ」
「えっ!?」
「新しく剣術を習うよりも、今の技術を向上させる方向で進めてみないか」
アリババが大きく頷いた瞬間、通路の先からシンドリアの衛兵たちが駆け込んでくる。南海生物が現れたという慌ただしい報告に、シンドバッドは落ち着いた様子で指示を出した。君の剣術の師匠の腕前を見せよう、と付け加えて。
「八人将の召集だ!」