5


宴も終わり片付けが始まった頃に、シンドバッドはアリババたちのことを部下に紹介しようと腰を上げた。酔っ払い特有の重心が揺らいだ歩き方をする王を、ジャーファルが心配そうに見守っている。数歩でアリババの横に辿りついたシンドバッドは、アリババの肩を叩いて言った。

「話は聞いているだろうが、彼がアリババ。バルバッドの王子だ。それからマギのアラジン。隣がモルジアナとハル」
「よ、よろしくお願いします」

八人分の視線が向けられ、僅かに萎縮したアリババが後頭部に手をやって頭を下げる。それに合わせてアラジンも片手を上げて「よろしくね」と笑い、モルジアナ、ハルがぺこりと頭を下げて「よろしくお願いします」と言った。

「どうしたの? スパルトス」

同僚の一人が考え込んでいるのに気付いたピスティが口を開く。呼びかけられたスパルトスは、一番端に立つハルに視線を奪われていた。
正確に言えば、外套を留めている金具に。

「貴殿は、レーム帝国の騎士だろうか」
「!?」

スパルトスの発言に、八人将とアリババたちは目を見開いて硬直していた。変わらず平静を保っていたのはスパルトスとアラジン、モルジアナの三名だけだ。事実を知っているシンドバッドでさえ、部下の言葉に驚き身を強ばらせている。

ハルもしばらく固まっていたが、スパルトスの視線が向けられている箇所に気付き、納得したように「なるほど」と呟いた。

「外套留めの紋章でお気付きになったのですか?」
「ああ、見覚えがある。確か、レーム帝国の名家アレキウス家の物だろう。つまり貴殿は」

「ああーーっ!!」

誰もが驚き、固まった中で淡々と会話をしていたハルとスパルトスの話を遮るように叫んだのはアリババだった。今度こそ全員がびくりと肩を跳ね上げてアリババを見る。だらだらと冷や汗を流しながらアリババは飛びつくような勢いでスパルトスの前に躍り出た。

「俺、アリババです!! よろしくお願いします! スパルトスさん!!」
「あ、ああ」
「かっけぇ鎧ですね! 俺、ササン王国って行ったことなくて、話聞かせてくれませんか!」
「それは構わないが……」

がしりと手を掴んで離さないアリババの勢いに、スパルトスはどうしたらいいか分からないようで後ろに立つシンドバッドを見る。シンドバッドはアリババの行動の意味に気付き、助け舟を出そうとするも、それより先に懸念していたことが起きてしまった。

「まぁまぁアリババ。スパルトスの話ならいつでも聞けんだろ? それよりも、俺はそいつの話が聞きてえなぁ。レーム帝国の騎士サマに」
「ちょっとアンタ!」

刺を含んだ言い方をヤムライハが咎める。意に介さず鋭い目つきをハルへ向けるシャルルカンに、今まで黙っていたアラジンやモルジアナも心配そうにハルを見上げた。アリババはとうとう顔を真っ青にしてしまう。そんな中で、様々な意味が込められた視線を一身に受けるハルは、普段通りの落ち着いた口調で話し始めた。

「スパルトス殿の仰る通り、これはアレキウス家に代々伝わる紋章です。私はアレキウス家の小姓でしたので、この外套留めは騎士の叙任を受ける際、当主様から頂きました」

(え、それ言っていいの?)とアリババがハルの顔を見やる。ハルの言葉に納得したように、スパルトスは「なるほど」と真顔で呟いた。険悪なムードになることもなく、むしろ同じ騎士という身分で両国が友好な関係からか、スパルトスの表情は僅かに和らいだ。ただ、シャルルカンやドラコーンの眼差しは変わらずにハルを射抜いている。

「申し遅れました。私はハル。レーム帝国、帝国騎士団の所属です」
「鎧の色でそうではないかとは思っていたが、そうか。……いや、なに。数年前、父と共にレーム帝国を訪問した際にアレキウス家と帝国騎士団の者には世話になったからな。気になったのだ」
「ササン王が?」

ずっと無感情で答えていたハルの声が僅かに揺らぐ。兜の隙間から見える瞳は見開かれ、それから伏せられ影に隠れていった。

「……第一皇子の儀礼葬ですね」

その単語にアリババとシンドバッドが反応を示す。
当時、シンドリアでも騒ぎになったことを思い出したのだろう。八人将たちはわかりやすく表情を変えた。

「リジル殿は私の亡くなった兄と、とても親しかった。彼がササンを訪れた際は、よく私に修行をつけてくれたんだ。その恩も返せないまま……」
「……」
「―――あの人はとても立派な人だった。本当に、残念に思っている」

リジルとの過去を思い出してスパルトスは深く俯いてしまった。頭に思い浮かぶのははるか昔、仲良く剣と槍を交えて笑う亡き兄とリジルの姿だ。幼い自分は柱の影からそれを見ていた。兄が国を出て、そして命を落としてからも、リジルは変わらずササン王国へ足を運んでいた。
兄を失ったスパルトスを気にかけ、励ましてくれたのだ。

(自分は結局、その礼も言えなかった)

深い赤茶色の髪が垂れ下がり、翳った目元を隠す。
ハルも言葉を探しているのか、黙り込んだまま動かなかった。

途端に変わった雰囲気に、周囲で見守っていた兵士が戸惑い始める。先程まで宴の余韻で明るかった王と上官たちが、今では黙りこくり俯いてしまっているのだから。

亡くなった第一皇子がハルの兄であると知っているアリババは、未だ動かないハルに手を伸ばそうとして躊躇っていた。レーム帝国の騎士であることは明かせても、皇女であることは明かせないはずだ。

誰もが言い淀む中で口を開いたのはハルだった。

「レームの民として、貴殿のお心遣いに感謝を。スパルトス殿」

ハルの声は優しく、静かなものだった。

「ですが、そんな顔をなさらないでください。皇子は人々の笑顔を愛していました。生前から、自分が死んだら花ではなく笑顔を手向けてくれと口にしていたほどです。―――どうか、皇子のことを話すときは、花のような笑みで」

春の日差しのような兄の笑顔を思い出しながら、ハルは言った。
それを覆い隠すような凄惨な記憶と影には気付かない振りをして。

「悲哀に濡れた表情では、あの方に叱られてしまいます」

ハルの言葉にスパルトスは目を丸め、力を抜いたように短く息を吐いた。
彼の脳裏にも、太陽のように笑う青年の姿が浮かんでいる。

「……笑顔が手向けか、あの人らしい」

瞼の裏に映し出される美しい記憶から離れ、スパルトスは正面に立つハルを見下ろした。所属する団を表す銀色の鎧、それを覆う赤い外套。かつてササン王国へやってきたレームの皇子も、似た装いをしていたことを思い出しながら。

「レーム帝国には遍歴の騎士と呼ばれる存在がいることは知っている。貴殿もまた、自らの力を試すために国を離れているのだろう。―――これからよろしく頼む、ハル殿」
「こちらこそ、よろしくお願いします、スパルトス殿」

スパルトスが差し出した手をハルの鎧の手が握る。力強く握手をする二人を励ますようにシンドバッドは肩を叩いた。

「そういうことだ。仲良くな、シャルルカン」
「……ハイ」

レーム帝国への複雑な感情を堪えるように渋い表情をしたシャルルカンが頷く。スパルトスの様子とシンドバッドの言葉に、ドラコーンやマスルールの鋭い視線もハルから外された。ただ一人、ヤムライハは頬を桃色に染めてハルを熱く見つめている。それに気付いたシャルルカンが噛み付くようにハルを睨みつけ、その敵意に気付いたハルは静かに目を伏せるのだった。