どうかと願うばかりで


片付けも終了した広場でジャーファルらと別れ、緑射塔へ戻ろうとしていたハルを呼び止める声があった。振り返った先にアリババが片手を上げて立っている。静かに歩み寄ったハルに、アリババは話したいことがあると口にして背を向けて歩き始めた。しばらく進んだ場所は人気のない建物の裏手で、手頃の段差にアリババは腰掛ける。ハルは正面に立ったまま、アリババの言葉を待った。

「アラジンに伝えたこと、お前にも言っとかなきゃと思ってさ」

そう切り出したアリババは、数刻前にアラジンに話したことを話した。

黒いジンの中であった、カシムとの会話。
そこで知った、カシムの中にあった苦しみ。
それを増長させ利用しようと動く、アル・サーメンという組織。

「もう二度と、あいつらの好きにはさせねぇ」

かつてハルが言っていた。
これから何のために戦うのかという問いの答えを、自分は既に持っている。

「俺は、そのために戦うって決めたんだ」

アリババの真剣な眼差しと声に、ハルは兜の下で柔く笑んだ。
それは数刻前に、同じように話を聞いたアラジンが浮かべた表情とよく似ている。

「お前があの時、背を押してくれたおかげだよ」
「……私はなにも。あなた自身の力です」

ハルの言葉にアリババは吹き出すように笑った。
何度も思い知る。自分は人に恵まれているのだと。
気を抜いて座るアリババを見下ろして、ハルはゆっくりと口を開いた。
淡々とした口調で、それでいてどこか穏やかな声で。

「私も共に戦えることができたら嬉しいです」

その言葉に含まれた感情に気付いたアリババが、そっと笑顔を消す。
お互いに、ずっと目を逸らしていた事実に、ハルが触れる。

「ですが、私は国に仕える騎士。これから先もずっと、あなたと同じ陣営になるとは限らない。あなたがシンドリアでシンドバッド王と共に戦うのなら。―――あるいは、バルバッドの王子として、煌帝国側で戦うというのなら」

ハルの頭に浮かぶ可能性の数々。
その中でアリババとハルが並ぶ光景は見つけられなかった。

「そう遠くない未来で、私は、あなたに剣を向けるでしょうね」

その光景を想像したアリババは、バルバッドで再会した夜のことを思い出す。
霧の団をほぼ壊滅状態にしたハルの剣技と、潮風になびく赤い外套。
カシムが向けた敵意に反応して、ハルが発した氷のような殺気を。

「……」

レーム帝国、シンドリア王国、煌帝国。
いつ崩れてもおかしくない三国の均衡。
立ち位置が揺らぎやすいアリババと違って、ハルのいる場所が変わることはない。

(レーム帝国と煌帝国の対立は言わずもがな。あの二国はいつか必ず戦争になる。煌と友好条約を結んだシンドリアを、レームはどう見ているのだろうか。煌の皇子の留学、という二国の交流を、ハルはどう判断しただろうか。自分の主に、どう報告したのだろうか)

自分を導くためにやってきたのだと話すアラジンを思い出す。
モルジアナは自分たちと共に戦いたいと言ってくれた。

これから先で必ず起こる、アル・サーメンとの戦い。
自分の隣で戦う、頼もしい鎧を着た友人の姿だって、簡単に想像ができるのに。

(ハルが旅に出ているのは剣を探すためで、シンドリアにいるのは俺が強引に連れてきたから)

少し先の未来だって、隣にいてくれるという確約はないのだ。

砂漠での出会い。迷宮で触れた優しさ。故郷で知った正体。
隣に並んでくれる頼もしさ。自分を支えてくれた温度。
背を押して、時には手を引いてくれた、大切な友人。


「―――戦いたくねぇなあ」


たくさん考えて、そうして口から溢れ出たのは、そんな情けない言葉だった。
地に落ちるようにして響いたそれを拾ったハルは、わずかに強張っていた手の力を抜く。それからしばらく考え込んで、同じように言葉を落とした。彼女を知っているレーム帝国の人間が聞けば、言葉を失うような発言だった。


「私も、あなたとは、戦いたくありません」


そんな弱音に、アリババは「うん」と小さく答えた。
月光の下で、二人はしばらく口を開かずにその場に留まっていた。