アリババの冒険書
ジャーファルとシャルルカンに引っ張られるようにしてハルが連れて行かれた場所には、巻物を広げなにかを音読するアリババと、正座をしてそれに聞き入るモルジアナの姿があった。
「????」
訳も分からず立ち尽くすハルに、シャルルカンは必死の形相で言う。取り返しのつかないことになる前に、止めろ、と。
「ア、アリババ。なにをしているのですか」
「おう、ハル。これは俺が密かに書いてた自伝書でさ……」
照れくさそうに鼻の下を擦るアリババに、ハルはそうですか、と頷く。
―――取り返しがつかなくなる、とはなんだろう……。
そう思いつつも、ハルはアリババに促されるままモルジアナの隣に座った。そして、中断されていた自伝書の続きを聞く。
「その時、ウルトラ・グレート・ハンサム・ハルの持つ剣が輝きを放ち、敵を焼き尽くしました」
「??? うる……??」
「だめだ、ハルも状況が理解できてない……」
「バッカ野郎! 止めろって! また人選ミスか!?」
遠くから見守っていた二人が頭を抱える中、アリババがそうだ! と顔を上げる。びくりと驚いたハルに、アリババは満面の笑みで言った。
「こういう自伝にさ、挿絵があったらもっと盛り上がるだろ!?」
「……そうですね」
「ハル、書いてみてくれよ!!」
ペンを渡され、断る理由もなく了承したハルだったが、震える手で書き上げられたソレに、アリババは口元を引き結んだままぷるぷると小刻みに揺れていた。
「……これは?」
「アリババです」
「……確かに、てっぺんに角のようなものがありますね」
「はい。よく特徴が掴めているでしょう?」
いつもの声音だが、僅かに感じ取れる自慢げな感情に、ジャーファルとシャルルカンがゆっくりと近付く。そして自伝書の隙間に蠢く黒いインクで刻まれた謎の物体に、シャルルカンはその場で腹を抱えて笑いだした。ジャーファルでさえ口元を官服の袖で隠し、顔を背けている。
「だーっはははは!!」
アリババと称されたその絵は、へろへろの線で描かれていた一本の中心線。そして四本の短い線があちこちに向かって飛び、中心線のてっぺんから僅かに離れた位置に、これまた歪な円形が乗っかっているというものだった。円の中にはハッキリと描かれたギョロ目が二つ。ハルが言っていたアリババの特徴である尖った髪を表したチョロ毛が、汚れのように滲んでいる。
はっきりいって、赤子のいたずら書きよりも下手くそだった。
「お、おまえ……! これ、本気で書いたのか!?」
「……」
「こら! シャルルカン!」
「ジャーファルさんだって笑ってたじゃないですか!」
言い澱んだジャーファルの顔を見てから、ハルは手元の紙に視線を落とした。先ほどから何も言わないハルを不思議に思ったモルジアナが首をかしげる。
「そう、ですか……」
「ハルさん?」
「私の絵……下手……なんですか……」
失礼なほど笑い転げていたシャルルカンだったが、あまりにも沈んだ声を聞いて気まずそうに立ち上がる。兜で見えないはずなのに、その下でハルがかなり落ち込んでいることが分かった。
「……ハル? だ、大丈夫。味があって、素敵な絵だと思いますよ」
「はい。とてもお上手です」
「そうそう、そこまで……っ、酷くは、ねえよ……」
「……」
とうとう何も言わなくなってしまったハルに、三人は焦ったように周りを取り囲む。話を聞きつけたヤムライハにこっぴどく叱られたシャルルカンの謝罪にも、騒ぎを聞きつけて集まった他の八人将の笑い声にも、ハルは無反応だった。
ちなみに、アリババがハルに挿絵を頼んだのはこれが最初で最後のことである。
切り離されたハルの絵は、懲りていなかったシャルルカンの手でシンドバッドの執務室へと飾られた。「なにかにずっと見られている気がして落ち着かない」と怯える王の言葉により密かに撤去され、長い年月を経て、東方の島国に流れ着いたそれは「呪われた絵」として供養されることになる。