ぼくら奇跡の星生まれ
練白龍が留学という名目でシンドリアを訪れると、そこには食客として滞在していたマギのアラジンが居た。西方の草原で姉の命を救ってくれた恩人だ。白龍は膝をついて礼を言うと、切羽詰った様子でアラジンに問いかけた。
「ハルという女性もここに居るのですか」
白龍の言葉にアラジンが驚愕で目を開く。白瑛から聞いたのであれば名前を知っていてもおかしくはないが、白瑛はハルが女性だとは知らないはずだ。アリババは不思議そうに「今は師匠と特訓でもしてんじゃねぇかな」と答える。白龍は目を皿のように見開いて「連れて行ってください!」と叫んだ。その顔は歓喜の感情を隠せていない。アラジンとアリババが戸惑い顔を見合わせていると、従者が白龍を呼びに来た。
シンドバッドが呼んでいると知り、白龍は一瞬で表情を変える。その顔には大事な話を邪魔された苛立ちが半分、本来の目的を一瞬でも忘れていた自分への怒りが浮かんでいた。
シンドバッドとの話を終えて紅玉と共にアリババ達の元へ向かった白龍は、広場に居る一人の人物に目を奪われていた。暖かい気候に似つかない全身を包む鋼鉄の鎧。風で翻る外套から覗くのは煌びやかな剣。姉から聞いたとおりの情報だった。
―――黄牙の民から聞いた容姿の情報が正しければ、彼女の筈だ。
輝く金色の髪、優しげな草色の瞳、凛々しくも優しい心根、そして「ハル」という名。
「白龍ちゃん? どうしたのぉ、ぼうっとして」
かけられた言葉が耳を通り抜け、白龍は気付くと駆け出していた。引き止める義姉の声すらぼんやりとしか聞こえない。この国には大きな目的があった。組織に侵食されている自国、煌帝国を滅ぼすための協力者を得るためだ。
その為に訪れた小さな島国で再び会うことが出来るなんて、誰が予想できるだろうか。白瑛や黄牙の民から騎士の話を聞くたびに「まさか」「ありえない」と何度思ったか。きっと同じ名の人違いなのだと、自身に何度も言い聞かせた。
あれからもう十年が経つ。遠い異郷の地、兄に手を引かれ歩いた街で出会った少女。彼女の傍らには同じように兄が居た。かつての兄が纏っていた鎧と酷似している装備と剣を、目の前の人物は携えている。別人じゃない。偶然でもない。
これは運命だ。あの時の誓いが俺たちを手繰り寄せた。でなければ、この広い世界で再び出会える筈がない。十年前は身分を隠していたせいで本当の名すら名乗れなかったが……。
駆け寄る白龍に気付いた騎士が振り返る。白龍は手を伸ばせば掴める距離で足を止める。少しだけ乱れた呼吸を整えていると、追いついた紅玉がその脇に辿りついた。
「……私になにか」
鎧の中から聞こえた柔らかな声は、記憶の少女と近しいものだった。ぐっと苦痛を耐えるような表情をする白龍に、騎士が首を傾げる。
「俺を、覚えていませんか」
「……? すみません、どこかでお会いしたことが?」
ハルの言葉に白龍は身が裂けるような痛みを感じた。そう、あれから十年が経ったのだ。その間にどれだけの出来事があったか。父、兄二人の死、火傷で生死の境を彷徨ったこと。―――やはり、この火傷では気付いてもらえないか。そもそも忘れられていたらどうする……俺だけがあの約束を今も覚えているのだとしたら……。
「十年前、パルテビアの地で……俺は兄と二人で街を歩いていて、あなたも兄君と一緒に居ました。一緒に食事をして……」
「―――パルテビア?」
片手を口元の兜に当てて考え込むハルを、白龍は縋るように見つめる。アリババ達は「なんだなんだ」と黙って事の成り行きを見守っていた。紅玉だけが目を輝かせて二人を見ている。
「兄上と俺は偽名を名乗っていたので……その時はリュウ、と」
「えっ!」
「!」
突然ハルが大きな声を出したことで、白龍は俯きがちだった顔をあげる。
「リュウって、あの? 兄君の後ろで小さく震えていた、あの泣き虫なリュウですか?」
「ウッ」
ハルの言葉のトゲが突き刺さり白龍は呻く。だがそのショックよりもハルが覚えていたことへの喜びの方が優っていた。
「思い出してくれましたか!」
「……はい。すみませんでした。もう随分昔のことですし、あの頃のあなたとはかなり印象が変わっていましたから」
「その……色々あって、この火傷は」
「いえ、傷ではなく」
ハルの言葉に白龍は目を瞬く。今まで気にもしていなかった顔の火傷を自然と手のひらで隠していた白龍に、ハルはゆるゆると首を振った。
「もう立派な武人ですね。驚いてしまいました」
白龍が言葉を失って動かなくなっている横で、紅玉は頬を染めて二人を見比べている。バルバッドでハルの素顔を見ている彼女は、ハルが女だということを知っていた。
「……あの約束も覚えていますか」
「約束?」
「俺達が適齢期になったら、その」
「??」
途端に顔を桃色に染めてしまった白龍に、紅玉やアラジン、モルジアナが首を傾げる。適齢期という言葉にいち早く反応したアリババは「え゛」と声を漏らした。白龍は十年前の記憶を掘り起こしているハルの、鎧に包まれた手を取るとぎゅっと握りこんで叫ぶ。
「結婚すると!」
もはや顔を真っ赤にして叫ぶ白龍に、周囲が静まり返る。「ええええええっ!?」という叫び声があちこちから聞こえ(盗み聞きしていたシンドバッドとジャーファルの声もあったがアリババ達は気付かなかった)
「白龍ちゃん!?」
「そうなのハルさん!?」
「嘘だろ!!?」
「結婚……」
四人が青ざめたり赤くなったり不思議そうにしている中、ハルは兜の中で固まっていた。思い出されるのは十年前の記憶。穏やかな日常の中で偶然出会った兄弟。食事をして駆け回り、別れ際泣きじゃくる年下の男の子に言われた言葉。
「おおきくなったら、ぼくのつまになってください!」
ハルが言葉を失っている間も、白龍は十年前のように手を握りしめて離さなかった。
―――まさかあの少年が煌帝国の皇子だったなんて。
ふらつきかけるハルの顔色は青くなっているが誰にも見えていない。もはや祝福モードになっている周囲の雰囲気の中でハルは必死に頭を働かせる。
自分がレームの皇女であること、国が敵対関係である自分たちは結婚など出来ないことをいつ白龍に告げるべきか……ハルの頭にはそれだけがあった。
後日それを知らされた白龍が諦めるはずもなく、シンドリア滞在中もそれ以降もハルへの求婚を続け、その数年後に二人は結婚することになるのだが……ハルには予想も出来ないことであった。