かなしい世界で崩れたからだ
黄牙の一族によって保護されたアラジンは、周囲にアリババやハルが居ないことに寂しさと孤独を感じていた。
アリババの笑声やハルの落ち着いた声の聞こえない、見知らぬ場所。不安を抑えることができたのは、黄牙の民がアラジンを快く受け入れてくれたからだろう。
疲労から再び眠ってしまったアラジンを、黄牙の民の一人、トーヤが優しく見守る。起きてすぐ、アラジンは「アリババくんは? ハルさんは?」としきりに気にかけていた。
―――とても大切な人なのだろう。私にとっての一族の皆のように。
トーヤはアラジンの腹にかかっていた掛布を直してから自分のテントへと戻った。翌朝目を覚ましたアラジンのもとへと朝食を運んだトーヤは、アラジンの顔色が良くなっていることに安心して笑みを浮かべる。
その後戻ってきた偵察隊が連れてきた人物に、トーヤは目を剥いた。
鋼鉄の鎧、血で染めたような赤い外套。偵察隊の一人であるドルジが手にしている見慣れない剣と兜は、おそらくこの人のものだろう。
唯一見えている首から上は、どこかの貴族の娘のように煌びやかな顔立ちをしていた。陽に照らされる麦のような黄金色の髪。淡い草の色をした艶のある瞳。
その顔立ちに似つかわしくない身なりに、トーヤは目を瞬く。どうやら腕を拘束されているようで、両手を後ろにやっていた。ドルジが少し離れた地点で見つけたと話し、トーヤは敵の斥候だろうか、と体を強ばらせる。それにしても、近年侵攻を広げているという煌帝国の人間とは、明らかに装いが違うが……。
「あ! ハルさん!」
村長であるババの意見を聞こうとしていたドルジは、昨日拾った少年がテントを出てすぐに叫んだ言葉に驚く。
「ハルさんって、アラジンくんが探していた人よね?」
「うん! そうだよ。良かった、ハルさんもここに居たんだね!」
アラジンの言葉に、終始真顔を貫いていたハルは珍しく表情を変えた。といっても目を微かに見開いただけだったが、それから少しだけ目を伏せて「無事でよかった、アラジン」と告げた。拘束をどうするか、とババに目線で問うとゆっくりと頷かれたため、ドルジは不安を抱えながらもその腕の縄を解いてやる。
「ありがとうございます」
「―――剣は返せない。まだ信用できないからな」
ババがドルジの名を呼ぶが、ドルジは意見を変えるつもりはなかった。ハルはしばらくドルジの黒い瞳を見返して、静かに頷く。
「私も騒ぎを起こしたくはない。そちらに従います」
黄牙の男達が戸惑いを隠せずに居ると、幼子がハルの足元に近付いていった。母親がそれに気付いて名前を呼ぶよりも先に、小さなもみじのような手がハルの外套を鷲掴む。
「ひらひらしてる」
「……」
「お、おい」
「かっこいい」
目を輝かせる子供に、ハルは何の反応も見せることはなかった。
その後母親によって引き剥がされた子供は、不満な顔を隠すことなく別のテントへと運ばれていった。アラジンはハルの珍しい様子を不思議そうに見つめている。ちょっとだけ威圧的で、それでいて何かを思い出すような、温度のある眼差しだった。