かみさまになれない人


アラジンが無謀にも馬の背によじり乗ったのは、これまでハルが乗るのを間近で見ていたことが理由だった。ハルが傍に居た状態でその毛並みを撫でたことはあったが、乗馬は機会が無かったのである。

ハルの馬は大人しく利口で、アラジンは馬が暴れる所を見たことがなかった。だから、予想していなかったのだ。

後ろから登られた馬は驚いて走り出してしまった。アラジンはただしがみつくことしかできない。周囲に居たドルジは走って馬に近付くが到底間に合う筈もなく、アラジンの体がずるりと下がる。それを見たトーヤはぎゅっと目を閉じた。

アラジンがもうだめだと思った瞬間、自分の背後に誰かが飛び乗ったのが分かった。数秒もせずに馬は落ち着き、自分は体制を立て直す。びっくりして振り向いたアラジンが目にしたのは、彼が見たことのない服装をした一人の女性だった。


同時刻、ババの元で馬乳酒作りを手伝っていたハルは、駆けつけたドルジによって煌帝国の皇女が来たと聞かされ、慌てて兜を被った。ババがテントを出て行くのに続いて後を追い、アラジンの傍らに立つ。

アラジンを救った女性は、自分を煌帝国の初代皇帝の第三子である練白瑛だと名乗った。白瑛は黄牙の一族達に、我々煌帝国の傘下に入るようにと迫った。奴隷狩りに怯える生活も今日までだ。黄牙の先祖達が掲げていた世界統一という夢を、今は煌帝国が追っている。どうか力を貸してほしいと言った白瑛に、黄牙の一族は戸惑いを隠せない。

「体のいい言い方をするなよ。『傘下に入れ』ってのはつまり―――俺たちの村を『侵略する』ってことだろ?」

ドルジの言葉に村の男達が騒ぎ始める。それもババの叱責で収まったが、彼らは白瑛を疑い、拒絶していた。お前たちは信用ができないと目が語っている。時間が欲しいと言ったババの提案を、白瑛は承諾した。その隣で不満そうに目を細めている男、白瑛の部下である呂斎が、自分達に近付いてくるトーヤを見て口元を歪める。

ハルだけがその悪意に気付いた。

「あの、馬乳酒をお入れしましたので、中でゆっくりお話しませんか?」
「まあ、ありがとう」

トーヤが笑みを浮かべて歩み寄ってきたのを見て、白瑛はほっと救われたような気持ちになった。そっと差し出された器を受け取ろうと両手を上げ、触れる直前になって後ろから無遠慮な腕が伸びてくる。

「!!」

トーヤを押そうと伸びてきた腕を、鋼鉄の鎧に包まれた手が捕らえる。呂斎は目論見が外れたこと、白瑛は自身の部下がしようとしたことに気付き目を見張る。

「煌の武人は、随分と無作法な振る舞いをなさるのですね」

ハルは淡々と告げてトーヤを自分の後ろへと下がらせた。

自分に伸びてきた腕を、もしもハルが掴んでくれていなかったら。馬乳酒が自身にかかって転んでいただろう。それぐらいの強さの、そうだ―――あれは攻撃だった。トーヤが、呂斎の行動に戸惑いを隠せないで居るとハルが言葉を続ける。

「武器も持たない女性に手をあげようとは、武人の風上にも置けない」

ハルの言葉に呂斎は屈辱を受けたと表情を怒りで染める。掴まれた腕を強引に払い除けるが、ハルは微動だにしなかった。それも腹立たしくて仕方がないが、白瑛の眼前だからと堪えて、言った。こんな交渉はまどろっこしいと。

「おい貴様ら! この村は今から煌帝国の統制下に入る。速やかに服従せよ!」
「呂斎!! なにを」
「悪い話ではないだろう!? 救い出してやるんだよ、こんな泥まみれ馬の糞まみれの……臭くて汚いみじめな生活から!!」

ハルの後ろでトーヤが顔を赤く染める。自分達の幸福を、日常を、侮辱された屈辱で。ドルジが武器を手に呂斎の背へと迫る。怒りのままに腕を振り上げるより前に、ハルの淡々とした、それでいて熱の込められた言葉に、ドルジは足を止めることになる。