あやし夜半の星


賑わう市場にライラの商品を売り込む声が響く。その傍らには、品出しをするサアサと、半年前には居なかった人物がいた。

「お前がうちの隊商に入ってくれて、本当によかったよ。なぁ、モルジアナ!」

赤い髪と特徴的な顔立ち。その腕には子供では到底運べない量の荷を抱えている。

アラジン達と共に迷宮を脱出した彼女は、ゴルタスの言葉の通り、自身の故郷であるカタルゴを目指していた。チーシャンで奴隷から解放され、ハルの言っていたレーム帝国の港へ行くにはどうすればいいのかを自分と同じように奴隷から解放された使用人に尋ねると、バルバッドから出ている船に乗る必要があることを教えてくれた。聞き覚えのない地名。一人で街を出たことはなかった。どうすればいいか分からず戸惑っていたモルジアナに、使用人の女性が教えてくれる。「あの隊商は、これからバルバッドへ向かうらしいわよ」その言葉に、弾かれたように体が動いた。危険だなんてことは頭に浮かびもしなかった。馬車の前に飛び出して、なんでもするから同行させてほしいと頭を下げたのだ。サアサの父や隊商の人間達は心優しく、モルジアナを歓迎してくれた。

「おやすみ、モルジアナ」
「はい。おやすみなさい」

ライラとサアサに挟まれるようにして横になる。暖かい寝床も未だに慣れないが、モルジアナが悩んでいたのは別のことだった。

今も、領主が出てくる悪夢を見ることがある。剣を向けられ、鞭を振るわれ、怪我の残っていない肌が痛む感覚で何度目が覚めただろう。けれど、奴隷だった頃とは違うのは夢の終わり。光を象った人物が自分に優しく語りかける。モルジアナ、と暖かく名前を呼んで。

―――ジャミルはもういないんだ。それでも恐怖がお前の心を縛るなら、あそこを目指せ。

―――光の彼方、輝く故郷へ!

覚えていないはずの光景が見える。太陽の輝き、自分を歓迎している人の影。きらきらと瞬くその風景を夢に見て、気付けばモルジアナは泣いていた。

その細い両足首には、未だに消えない枷の痣が残っている。


オアシス都市、デリンマーについたサアサは、重苦しい空気を漂わせる市場に胸騒ぎを覚えた。ライラいわく、バルバッドの内紛で治安が乱れ、その影響で盗賊くずれのゴロツキが近隣の街にも流れ込んでいるのだと。盗賊なんてそんな怖いもんでもない、と言う元盗賊のライラの言葉に、サアサが戸惑いつつ同意する。

全員で荷を運んでいる最中にライラにぶつかった相手と、その手に持っている鎖。その鎖に繋がれているものを見て、一向は顔を青褪めた。

「奴隷商人」

盗賊よりももっとタチの悪い。決して関わってはいけない相手。鎖に繋がれている人間は、意志を失ったように脱力して引きずられるように歩いている。

「罪のもない人間を売りさばいて、飯を食ってる連中だよ」
「本当、いやだわ。どうして奴隷なんかがあるのかしら」

ライラとサアサが嫌悪と恐怖の眼差しで奴隷商人を見る後ろで、モルジアナだけが複雑な表情をしていた。顔を顰め、泣くのを我慢しているようにも見える。
鎖に繋がれている人間と、その鎖を引く人間を、モルジアナは姿が見えなくなるまでずっと見ていた。