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チーシャンに辿りついたアラジンとハルは、アリババからの言伝を受けて隊商と共にバルバッドへと向かっていた。その道中、ゴロツキが集まっているという経路から離れた集落へ単身向かい、見事討伐に成功したハルは、彼らを警吏に引き渡すと急いでアラジン達隊商と合流するために馬を走らせた。
砂漠越えを経験し、ハルの強さを知っている隊商の商人達に頼み、自分だけ進路を変えたが、先に行かせた隊商のことが気がかりだったのだ。ハルが相対した盗賊団の規模が情報よりも少なく、本隊は別にあるのだろうという予感は的中した。人数の減った隊商に追いついたハルが聞かされたのは、盗賊団に襲われてアラジン達数名が彼らに連れて行かれたという事実だった。
ぼんやりとした頭がだんだんと冴えていく。石の天井、ゆっくり視線を落とすと見えたのは頑丈そうな扉。
―――ここは、独房?
モルジアナが盗賊団のアジトである砦を突撃してから数時間。昼に見た奴隷商人や、自分が食らった毒のことをだんだんと思い出していたモルジアナは、背後から近付いてくる気配に気付き、伸ばされた手を掴む。
そこにいたのは年端のいかない幼い子供。
家族と共にバルバッドの内紛から逃れ、砦の近くで奴隷狩りの被害にあった、ナージャという少女だった。
自身がこれからどうなるのか、家族はどこにいるのか、不安で押し潰されそうになっているナージャの問いに、モルジアナは淡々と答える。自分達は奴隷になるのだと。ずっと昔、自分が奴隷狩りの被害にあった時のことを思い出し、人間が奴隷にされる手順を話すモルジアナの隣で、ナージャの顔はどんどん強張り青ざめていく。とうとう泣き出してしまったナージャに狼狽えながら、モルジアナは必死に笑顔を作って言った。
「私が絶対になんとかしますから! あなたを奴隷にさせません。信じてください!」
二度と奴隷になんかならない。モルジアナがそう決意して抱きついてきたナージャの肩を抱く。
(……あれ)
その時の違和感で気付いた。ポケットに入れていたはずの、ハルから貰ったブローチが無くなっている。盗賊と戦っている最中に落とした? ―――そんなはずない。決して落とさないようにいつもポケットの奥に入れていた。毒で意識を失うまでは確かにあったはずなのに。
そこまで考えて、モルジアナは分厚い扉の奥、廊下からかすかに聞こえる足音に気付いた。その音はどんどん近付いてきて、自分たちの独房の前で立ち止まる。
「あら、目が覚めたのね」
部下を従えてやってきたのは奴隷商人、ファティマーだった。モルジアナは表情を険しく変えて彼を睨み、ナージャは大粒の涙を浮かべてモルジアナに縋り付いている。
「あなた、これをどこで?」
「!!」
そう言ったファティマーの手に握られているのは、モルジアナが探していたブローチだった。モルジアナの表情が変わったのをじっとりと観察し、ファティマーは言葉を続ける。
「これが何か、知ってる?」
「……」
「そう、話すつもりはないってこと」
ファティマーが目配せをして後ろに控えていた男たちが部屋に数歩足を踏み入れる。その手に見覚えのある、奴隷を躾けるための鞭が握られているのを見て、モルジアナの体に植え付けられたトラウマが蘇る。けれど、真っ先にモルジアナが考えたのは腕の中にいるナージャのことだった。自分だけじゃなく、この子まで痛めつけられたら。
「それは! 貰ったんです!」
モルジアナが叫ぶように言うと、男たちは動きを止めた。ファティマーは下がるように指示を出して、質問を続ける。
「誰に?」
「半年前に出会った、鋼鉄の鎧を着た、騎士の方に」
「なぜ?」
「……それがあれば、レームの定期船に乗れると」
ファティマーはモルジアナの言葉に嘘がないと分かると、ほっと安心したように肩の力を抜いた。モルジアナは訳が分からず混乱する。
「これはね、レーム騎士団に所属している騎士が持っている身分証みたいなものよ」
「……」
「これが獅子や鳥の模様だけなら気にしなかったけれど、月桂冠が刻まれているんだもの」
「……?」
「これがあるだけで、このブローチの価値は桁違いに上がる」
ファティマーが目を興奮に輝かせるのを見て、ナージャが小さく悲鳴を上げた。
「これを持っているのは騎士隊長や団長だけなの。レームでも最強と謳われる彼らの死体を手に入れる機会はないから、こうして手に入れられるなんて思いもしなかった」
まるで、もう自分のものだと言いたげなその発言に、モルジアナは悔しそうに歯を食いしばった。
「てっきり、あなたが上級騎士の奴隷なのかと思って、レーム騎士の所有物に手を出した商人は酷い目にあうから。でも、そう、ただ貰っただけなら問題ないわ。その騎士もおかしなことをするわね、価値も知らない小娘に与えるだなんて」
「……」
「高く買い取ってもらわないと。ファナリスの貴方ほどではなくても、かなりの儲けになるわ」
「返してください。それは、私が頂いたものです」
「あなたには必要ないでしょう? だって、船にはもう乗らないんだから」
ファティマーはそう言うと部下を連れて部屋を出て行った。安心したように脱力するナージャの肩を強く抱いて、モルジアナは自分が怒りの気持ちを抑えられていないことに気付いた。
―――必ず、取り返さなくちゃ。
小さな独房でナージャと二人、モルジアナは逃げ出すチャンスをずっと待っていた。その五日後、ナージャが熱を出したことをきっかけに、モルジアナは最底辺とも呼べる奴隷の扱いを目の当たりにすることになる。