5
ジュダルがルフに命令し、空気中の水分を集めさせる。バルバッドは霧の町だ。みるみるうちにジュダルの頭上には大きな水の塊が出来上がった。
「そしてこれに、さらに命令すると……」
空気中に漂っていた水の塊が、音を立てて凍りついていく。ものの数秒でガラスのように輝く、大きな氷に変わった。それだけではない。ジュダルは重力を操る魔法を同時に使い、空に浮いていた。いくつもの魔法を同時並行で使用できるのは優れた魔道士である証拠だ。
槍のような氷の表面から剥がれた鋭く大きな破片が、ジュダルの頭上に浮く。その先端は、真っ直ぐに地面を向いていた。空に向けていた杖を、ジュダルが強く振り下ろす。
「
無差別に落ちてくる氷の槍が霧の団を襲う。地面や壁を砕き、刺さった箇所からみるみる凍りついていくのを見て、恐怖に慄き逃げ惑う姿にアラジンがぐっと顔をしかめる。
「ウーゴくん!」
アラジンに向かって落ちる氷槍をウーゴの腕が振り払う。追撃のために氷槍を増やしたジュダルに、ウーゴは距離を詰め
ウーゴの強さを認めつつ、ジュダルは強気の姿勢を崩さなかった。氷槍がウーゴの背後からアラジンに狙いをつける。
「!」
無防備だったアラジンに覆いかぶさるように、ウーゴが身を乗り出し、氷槍はその背に突き刺さった。
魔力を分けるためにアラジンが動かないウーゴの体をよじ登る。力強く笛を吹くと、ウーゴの背に刺さっていた氷槍は抜け、地面へと落ちていった。
「とんでもねーなそいつ! でも効いたみたいだぜ。見ろよ……」
ジュダルの言葉を聞いてアラジンがウーゴの背に目を向けると、先ほどまで氷槍が刺さっていた傷口から魔力が抜け出ていくのが見てわかった。初めて見る、大切な友人の傷付く姿に、アラジンが耐え切れずに叫ぶ。
「なぜなんだ! なぜ君は僕たちにこんなことをするんだい!?」
悲痛な訴えにジュダルは呆気に取られたような表情をした。
「そういや……なんで戦ってんだっけ? 忘れちまった!」
そんなことはどうでもいい、平然と口にするジュダルに全員が言葉を失う。ジュダルは続けた。力が余って余って仕方がない。なにをやってもつまらない。同じ「マギ」ならば理解できることだろう、と。
「でも……今日はちょっとだけ楽しいぜ。だからもっと俺と遊べよ、チビの“マギ”!」
悪魔のような笑顔にアラジンが必死に思考を巡らせる。けれど、いくら考えてもジュダルの考えを理解することは出来なかった。―――それよりも、そんなことよりも。
(ウーゴくんが笛に戻らない……っ!)
「もういいよ。戻ってウーゴくん!」
「……」
「戻ってよ!!」
ウーゴがアラジンの言葉に背くことなど、今まで一度も無かった。アラジンの指示にウーゴは従わない。ウーゴの体がふらりと前方へ傾いた勢いで、アラジンが転がり落ちる。
立ち上がれない様子のウーゴにアラジンが駆け寄る。―――おかしい。力をあげていないのに、どうして戻らないのか。焦燥でウーゴに縋り付くアラジンの無防備な背中に、ジュダルが雷魔法を放つ。
モルジアナの手によって、攻撃が当たる寸前にアラジンは助け出された。ジュダルの意識が逸れた瞬間に、アリババが剣を手に向かっていく。
攻撃は防御魔法によって防がれたが、アリババの湧き上がる感情と共に剣が燃え上がり、防御魔法を切り裂く。
「通った!」
予想外の痛みにジュダルがふらつき、頬に走った痛みに顔を歪める。―――戦いに興が乗りすぎて、アリババが迷宮攻略者だったことを忘れていた。ジュダルはすぐさま、自分を睨みつけるアリババに杖を向ける。魔法によって吹き飛ばされたアリババや周囲にいた霧の団が、壁に強く打ち付けられた。痛みによって動けずに居るアリババへ、ジュダルが再び杖を向ける。
しかし、ジュダルが魔法を繰り出すことはなかった。
「邪魔すんじゃねーよ」
背後の人間を庇うように、ハルが間に立ちはだかったからだ。
右手の装備は外され、剣帯やベルトなどの装飾品も無い。普段顔を隠している兜は外され、急いで巻かれた赤い外套が瞳以外を覆っている。鎧を脱ぐのも中途半端な状態で、ハルはアリババらを守るために飛び出していた。大きく抉られた鎧は今もなおハルの体に負担を与え続けている。
「俺は“マギ”同士で思う存分戦ってから、あのチビをぶち殺してーんだからよ!」
ジュダルの背後で揺らめく青い巨体にハルが気付く。瞬きの間にジュダルへ叩き込まれたウーゴの腕によって、ジュダルは防御魔法ごと飛ばされ壁に激突した。誰もが予想していなかった光景に目を疑う。
戦える状態ではなかった。主人であるアラジンからの魔力も切れ、いつ消えてもおかしくなかったというのに。
―――なんだ、あれは。