お互いのためのお互い


衝撃によって吹き飛ばされたアラジンやアリババを、モルジアナが空中で抱え込む。少し離れた地点に着地すると、抱えていた七人をゆっくりと下ろした。

「ハルさんは!?」

アラジンの切羽詰った声に、アリババとモルジアナは視線を広場中央へと向ける。土煙がウーゴの胸から下を隠し、ハルの姿は見えない。強い風が吹き、見慣れた赤い外套が全員の視線を奪った。血のように赤い外套が風に吹かれ、同時に土煙を流していく。

熱魔法を間近で食らった二人、最後に見えた謎の雷光。
徐々に明らかになる光景に、皆が目を見張った。

ウーゴの足元、ジュダルを庇うようにして立つハルの持つ剣が、黒く変色している。柄、剣身全てが黒く塗りつぶされたような色をしていた。
その剣を握る両腕も、漆黒の籠手に包まれている。

「なんだ……あの、剣……」

アリババが呟く。遠くからでも分かるように、剣身の表面を血のように赤い何かが蠢いていた。胸の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような不快感に襲われ、アリババは咄嗟に剣から視線を逸らす。顔を隠す布が消え、外気に晒されているハルの顔を見た。

月明かりに照らされて輝く黄金の頭髪、青磁の瞳。
草色の目を鋭くさせ、ハルはウーゴを下から強く見つめている。

ハルの素顔を知らないものが驚愕に目を見張る。シンドバッドは言葉を失っていた。主の異変にジャーファルとマスルールだけが気付く。

「あれは……」
「シン……?」

ウーゴとハルがお互いに動きを止めていると、アラジンに影がかかった。不自然な影の動きに驚いたアラジン達が顔をあげる。空には大きな絨毯が浮遊していた。その上から若い女性特有の高い声が響く。

「あらあら……なんなのぉ? この状況は」

ぴくりとウーゴの体が反応し、その意識がハルから逸れる。

「随分と私たちのかわいいジュダルちゃんをいじめてくれたみたいじゃなぁい?」

ハルはその間に武器化魔装を解除して剣を鞘に納めると、背後のジュダルを抱えてウーゴから距離を取った。

アジト端まで飛んだハルが再び地面にジュダルを横たわらせると、ハルの背後に何かが降り立つ。反射で柄に手を伸ばしたハルに対し、男は「神官殿をこちらへ」とだけ告げた。布で隠れた表情は伺えないが、こちらに差し出された手は人のそれではない。
獣のような体毛に覆われ、鋭い爪が見えている。
ハルはその手を数秒見据えてから、数歩後ろに下がった。男はジュダルの傍にしゃがみこみ、先ほどのハルと同じように抱えると跳躍し、上空で待機している絨毯の上へと戻る。

煌と刻まれたその絨毯の上に居る人物に、ハルは視線を向けた。





「あの子は……ジュダルちゃんを助けてくれたようだけど。夏黄文、知ってる?」
「いいえ、我が国の者ではありません。なにより見慣れぬ鎧姿。姫様、あまり近づかれませぬよう」
「……分かってるわよぉ」

拗ねたような少女の声が落ちる。姫と呼ばれた少女はその赤い瞳を真っ直ぐにハルへとぶつけている。自国では滅多に見かけない鋼鉄の鎧兜、東方では珍しい金の髪と美しい草色の瞳。なにより、煌帝国の神官を化け物から守っていた。好奇心を擽られて視線をハルから逸らせない少女が、異様な気配に気付いて視線を動かす。先程まで動かなかった化け物がこちらに魔法を繰り出そうとしている。

「何よぉ、まだやる気なのあの化け物。じゃあ、私が相手になるわよぉ」

頭部の髪留めからかんざしを抜き取り、両手で握り込む。

「悲哀と隔絶の精霊よ、汝と汝の眷属に命ず」

少女の言葉にシンドバッドやハルが表情を一変する。

「我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ」

天に突き上げられたかんざしは、少女の言葉に呼応するように光を放った。

「出でよ、ヴィネア!!」