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ゆっくり地面に降り立った少女を追って、アラジンも地に足をつけた。好戦的な笑みを浮かべてアラジンを見つめる少女の視線を受けて、アラジンはキッと眉を釣り上げる。
ウーゴはアラジンを守るために戦った。そこに相手を虐げたい、戦いたいという意志は一切なく、ただ「大切なものを守り抜くため」の行動でしかなかった。
―――それなのに。
アラジンの脳裏には胸を貫かれて消えていくウーゴの姿が浮かんだ。氷の槍から自分を庇う背を思い出す。
―――自分が止められていたら、
初めて湧き出てくる感情に支配され、震える程強く杖を握るアラジンの視界に銀色が飛び込んでくる。剣を抜き、アラジンを背に庇うようにして現れたのはハルだった。
「ハルさん……」
その背に言い表せない感情が浮かぶ。無意識の内に止めていた息を、アラジンは吐き出していた。もはや素顔を隠す余裕もなく現れたハルの手には抜き身の剣が握られている。
「―――あなた、その子についたってことは、敵なの?」
淡々とした声が、静かに投げかけられる。
少女は煌帝国の金属器使い。
第八皇女、名は練紅玉。
その瞳は真っ直ぐにハルへ向けられている。邂逅したばかりの好奇心に溢れた年相応の温度は消え失せ、氷のように冷えた視線が突き刺さる。
「なら、容赦しないわよぉ」
間延びした刺のある声色と、わずかに掲げられた剣にアラジンが身構える。しかし、ハルはアラジンの動きを制するように左手を横へ出し、おもむろに剣を鞘へとしまった。
「!!」
「これ以上、事を荒立てたくはありません。どうか、武器をお収めください」
どうして、と言いたげなアラジンの視線がハルの背中へとぶつけられる。それに気付きながらも、ハルは慎重に言葉を続けた。
「そちらの目的は、罪なき命を奪うことではないはず。これ以上の争いは―――」
「罪ならあるわぁ。私の身内を攻撃した。充分すぎるほどの罪が」
紅玉の言葉に、ハルは誰にも気付かれない程小さく眉を顰めた。
「―――同じ国の皇女の言葉とは思えないな」
誰にも拾われない呟きが、地面へ落ちる。それに気付かず、紅玉は悲鳴があがる周囲に視線を巡らせ、再び剣を握った。その口角は上がっている。
「悲哀と隔絶の精霊よ」
言葉と共に、魚の皮膚と人の肌の境が水に包まれる。鱗とヒレのある細腕、煌の装束はみるみるうちに水に覆われ、その姿を変えていく。異形の姿へと様変わりしていく紅玉を前に、アラジンは驚愕で開いた口が塞がらなかった。言葉を無くすアラジンの前に立つハルは、じっと見据えたまま、動かない。
「汝に命ず、我が身に纏え、我が身に宿れ」
数秒だけ瞳を閉じたハルが、強い意志を灯らせた青磁の瞳を開く。体の横にぶら下がっていた右手を、剣の柄へとのばし、アラジンの視界に赤い閃光が散った。
「我が身を大いなる魔神と化せ、ヴィネア!!」
―――紅玉の行動が完了するより前に、ハルの金属器が鞘から抜かれるよりも先に、動いた男が居た。
男は紅玉に恐れることもなく近付き、無遠慮に異形の手を掴む。
「やめてくれ、お嬢さん!」
高貴な身分にある姫に対する行為とはかけ離れたその無礼に、紅玉は憤りを隠せない。感情のまま“魔装”を進めようとした紅玉の顔が、驚愕に染まる。既に体の半分まで進んでいた魔装が、みるみるうちに解除されていた。
紅玉の意志ではない。
(私の魔装が、溶かされていく……!?)
力強く握られた手首。
初めて目にする信じられない光景に、紅玉は力無くその場に座り込んだ。
「……あ、あなた……誰……!?」
紅玉は恐る恐る問いただす。手首を拘束していたそれは、流れるように移動し、下から優しく支えるように手に触れた。
今まで見えなかった男の顔が、月光によって照らされ、紅玉の視界に現れる。
「私はシンドバッド。シンドリア国王、シンドバッド」
凛々しい眉、美しい琥珀色の瞳から降り注がれる熱い眼差しに、紅玉の心臓が高鳴る。
七海の覇王、シンドバッド。
これまでに聞いたシンドバッドの伝説を思い出している紅玉の頬は林檎のように赤く染まっていた。予期していない人物の登場に放心していた紅玉は、未だ握られていた手を振り払い、シンドバッドへと背を向ける。無礼者と言われたシンドバッドは怯むことなく、あくまで紳士的に紅玉へと話しかけた。
「私は貴女を止めなくてはならない。お互い立場のある身分、こんな所で争うべきではありません」
「だ……だって……あの子が……!」
子供のようにアラジンを指差し、紅玉がシンドバッドに訴える。シンドバッドは冷静に、杖を収めるようにアラジンへと言った。 ジンはこの程度では死なない。まだ生きている、と。
「それに、そんなに激昂してしまって戦うなんて、君らしくもないんじゃないか……?」
シンドバッドの言葉に、アラジンは口を固く結び、俯く。
金属器の笛を握る手には傍目でも分かるほど力が込められている。
紅玉はシンドバッドの進言を聞き入れ、驚くほどあっさりと部下を下がらせた。絨毯によって空を飛び去っていくその姿を、誰もが呆然と見送る。嵐が去ったような静けさの中、団員たちは助かったことへの安堵を抱き、それから怪我人の治療のために駆け出すのだった。