あばら屋の存在証明


煌帝国。
近年勢力を伸ばしている中原を征覇した軍事国家。

元々は極東の小国にすぎなかった国が、数年で広大な中原を支配した。
その理由は煌帝国の「マギ」、ジュダル。

廃灯台の一室に呼ばれたアリババ、ハル、モルジアナの三人は、シンドバッドから今回の敵の詳細を聞かされていた。数時間前の会話を気にしてか、アリババは分かりやすくハルに視線を向けなかった。ハルは気付いていないのか、モルジアナの隣の椅子に腰掛けている。

「マギ」は「創世の魔法使い」と呼ばれている。
魔法を使い、この世のルフを自在に操る。
その能力の一つは、「迷宮」を出現させそこに人を導けるというものだ。

「迷宮」の持つ「力」。
それは秘宝、魔法道具、そして「ジンの金属器」。
「マギ」は導いた人間にそれらを与え、与えられた者と周囲の人々は、「マギ」によって強大に栄える。

ジュダルは自分が出現させた「迷宮」に様々な人間を送り込み、煌帝国を近代稀に見る強大な帝国に作り上げた。

「そして彼らの侵略の勢いは、まだとどまることを知らない」
「もしかして……」
「そう、彼らが今目をつけている国こそが、このバルバッド王国だ」

煌帝国が使うのは軍事力に限らない。経済介入によってバルバッド王国を追い詰め、アブマドを操り、この国を疲弊させた。

土地を奪われ、あらゆる権利を奪われ。
次は国民を奴隷として売ろうとしている。
それこそが解決しなければならない、一番の問題であった。

自身の敵を明確に認識したモルジアナが強く拳を握る。シンドバッドが流れるように三人に視線を巡らせてから、「ハル」と名を呼んだ。呼ばれた張本人は驚く様子もなく「はい」と応える。

「君にいくつか聞きたいことがある」

その言葉に、ハルは身を強ばらせることもなく視線で続きを促した。

シンドバッドが真っ先に問いかけたのは煌帝国のマギ、ジュダルとの関係だ。モルジアナとアリババも「あっ」と口を揃えてハルを見た。一夜のうちに色々なことがありすぎて忘れていたが、霧の団を攻撃したジュダルとハルは知己であったのだ。

「ジュダルとの、関係……?」

質問されたハルが不可解そうに首を傾げる。言葉を探すようにして視線を落とすハルに対し、助け舟を出すようにシンドバッドが口を開く。

「友人か?」

(あいつに友人が出来るのだろうか、)という疑問は胸にしまった。

「……友人?」

先ほどよりも分かりやすく眉を顰めるハルを見て、シンドバッドが顔を引きつらせる。数時間前に殺し合いに発展しかけていた二人。友人関係ではなさそうだ。

「ジュダルとの出会いを聞いても構わないかな」
「……十年程前、西方の小さな村で出会いました。ジュダルのお気に入りの場所に私が立ち入ったことが気に入らなかったようで、執拗に追い回されて……」

シンドバッドは容易に想像が出来るその光景を脳裏に浮かべた。

(そういえば、俺がジュダルに出会ったのも同じ頃か。確か、あれはレーム属領のカタルゴだったな……。)

「私はふた月もしないうちにその土地を離れたので、これを友と呼べるかどうか」
「……そうか」
「ただ……それから数年が経過して、彼のことを忘れかけていた頃に……突然、ジュダルは私の前に現れました」

当時のことを思い出しながらハルは続けた。

予期せぬ再会に驚くハルの質問に、ジュダルは何一つ答えなかった。ハルを訪ねた理由、そもそも何故居場所を知っていたのか。素性も、どこから来たのかも。頑なに口を開かなかった。
……軽く受け流されていたと言ったほうが正しい。

「その際に、彼が私を迷宮へ導いたのです」

シンドバッドが目を剥きハルを凝視する。アリババ、モルジアナ、ジャーファルは言葉を失っていた。ハルは自分の言葉を否定するように首を僅かに振ってから続けた。

「導くという言い方は相応しくありませんでした。迷宮の入り口に落ちるように空飛ぶ絨毯から落とされた、という言い方が適しています」
「……それは、ジュダルに殺されそうになったんじゃないのか?」

純粋な疑問として口にしたシンドバッドに、ハルは目をこれでもかと丸くさせた。

「それは無いと思います。彼も後から入ってきましたから」
「そ、そうか」
「今思えば、彼が迷宮を出現させたのでしょう。当時は疑問を抱く事もなかったのですが……」

戸惑い気味のシンドバッドに、ハルは呟くように言った。
普段の毅然さはなりを潜めている。

「私自身、彼には隠し事があったので、ジュダルの素性を深く追求することはしませんでした。お互いに名前以外を知らず、私達は迷宮を攻略することになったのです」
「……」
「攻略後、ジュダルは何も言わずに姿を消した。―――私も、探さなかった」

最後の発言に僅かな寂寥を感じたアリババはそっとハルを見た。布の隙間から見えるはずの草色は伏せられている。