2
「ジュダルは、自分と一緒に来るように言わなかったのか?」
シンドバッドの言葉に、ハルは分かりやすく口を噤んだ。
無言の肯定。
しかし、昨夜の二人を見ていればその誘いに対するハルの返事は明白だった。
シンドバッドと違い、二人の間に明確な敵対心は無かったようにも見えたが……。アラジンとジュダルが対立した際にハルはアラジンを守った。一方的な攻撃を許せないという騎士故の高潔さでもあったのだろう。それでも、弱点を突くような卑劣な行いをされても尚、ハルはジュダルを守るために走った。
シンドバッドの懸念はただ一つ。
強力な戦力のひとりであるハルが、ジュダル―――その後ろに居る「組織」と戦えるのかというものだ。
「もしも、また戦うことになったら」
口を開いたのは、ずっと黙っていたアリババだった。
ハルはオレンジの瞳をじっと見つめ返し、僅かに視線を落とした。その些細な行動が、なによりもハルの心情を表していることをアリババは知っている。
「ジュダルは霧の団の者たちを傷付けた。正義も、理念もない行動を私は許せない。
―――けど、見殺しには出来なかった」
ぽつりと溢れたハルの言葉にアリババは何故か安心していた。
出会ってから初めて、ハルの本心を聞いたような気がしたのだ。振り絞るように吐き出された弱音。それは紛れもないハルの迷いだった。
「俺は、君の行動は間違ってはいなかったと思う」
シンドバッドに視線が集まる。穏やかな表情のまま、シンドバッドは続けた。
「ハルが助けなければ、ジュダルは確実に死んでいただろう。もしそうなっていたら、煌帝国の姫は俺の言葉では止まってくれなかった」
もしもジュダルがあの場でウーゴの熱魔法を受け、死んでいたら。想像したアリババの顔から血の気が引く。あの惨劇が続けば死者が出ていたことは間違いない。
「あの場で唯一、君がジュダルを助けるために行動したことで、これだけの被害に留めることができた。俺はそう思っているよ」
凛々しい眉を和らげ、シンドバッドは続けた。「誰かを助けたいと思う気持ちは、決して間違いじゃない」大人しく話を聞いていたハルが、最後の一言に僅かに目を見開く。
その表情の変化には誰も気付かない。
「ハル、君は」
「?」
「―――いや、今はやめておこう」
シンドバッドが呼び寄せた応援が到着するまでは待機。そう指示を受けたアリババ、ハル、モルジアナの三名が部屋を出ようとする中、シンドバッドがアリババを呼び止めた。
「君にはまだ用があるんだ。話をしよう。俺と二人で」
改めて向き合ったシンドバッドが言った。アリババの父親、バルバッドの先王のこと。優秀な息子が居ることは聞いていた。同じ金属器使いとして巡り合ったのはルフの導きだろうと語ったシンドバッドに対し、アリババの表情は暗い。アリババは落ち着いた声で答えた。
自分は自慢されるような存在でも、シンドバッドと同列に扱われるような存在でもない。迷宮攻略もアラジンやハルが居たからこそ成し遂げられただけ。
「ジン」の力もシンドバッドには通じなかった。深く俯くアリババへ、シンドバッドは厳しい口調で言う。
君がそんな状態では困る、と。
「この国は生まれ変わらねばならない。今のアブマド中心の王政からまったく違ったものに」
アリババの頭にはハルの姿が浮かんでいた。
淡々と次の一手を話すハルと同じような鋭さを孕んだ琥珀の瞳が、アリババへと突き刺さる。
「君が、この国の王になれ」