3


あてもなく廃灯台を出て、アリババは歩き続ける。

王になれというシンドバッドの言葉に、アリババは驚かなかった。同じことをハルにも言われたばかりだと力無く言ったアリババに、驚いたのはシンドバッドの方だ。

シンドバッドはアリババを力の限り支えると言った。実力や自信はこれから身につければいい。「ジン」の使い方も自分が教えると。

アリババは首を振った。
自分が王なんてありえない。

霧の団のリーダーになったのは、アリババが王族の血を偶然引いていたから。王族が頭領になれば賊軍ではなくなるというカシムの考えがあったから。
険しい表情で言ったアリババにシンドバッドは静かに言った。

「人には、生まれた時に与えられる役目があるんじゃないか?」

確かにアリババが王族の血を引いているのは偶然だった。しかし、世界中の国王たちも偶然王族として生まれ、王として生きている。

「俺とて、なりたくて王になったワケではないが、これが俺に与えられた役目だと思い、従じている。―――なにも王族に限った話じゃない。マギ、金属器使い、兵士、騎士。誰もが己に与えられた役目をまっとうして生きている。そこに偶然も必然もないはずだ」

迷いを隠せないアリババに、シンドバッドは続ける。

「昨日、モルジアナが来たよ」
「?」
「この国を救うのは君だと言ってた」

―――サブマドも、「霧の団」も、国民たちも、みんな君に、あんなに期待しているじゃないか。それは、皆が感じ取ったからじゃないかな、君の「役目」を。

シンドバッドの言葉を思い出しながら、アリババは歩き続ける。迷いは晴れず、気付けばスラムの奥、居住区へとたどり着いていた。母親の腕の中で泣いている子供に視線を向ける。

かつての自分を重ね懐かしんでいたアリババは、サブマドの言葉を思いだし現実に引き戻される。国民総奴隷化計画。それには、スラムに暮らす人たちも含まれている。まだ幼い子供が親と引き離され、世界中に奴隷として売り飛ばされることになるのだ。

言葉を失って立ち尽くすアリババに気付いたスラムの住民が、掴みかかるようにしてアリババへ迫った。「会談」はどうなったのか。王族なのだからこの状況をどうにかしてくれ。心からの叫びに動けないアリババを、後ろから誰かが引っ張る。相手が誰かを確認する暇もなく、追いかける人影が見えなくなるまでアリババは走った。

立ち止まった所で、荒くなった息を整える。膝に手をついて呼吸をするアリババの耳に聞きなれた声が入ってきた。顔を上げた先にいたのは、姿を消したカシムや霧の団の幹部の者たち。

アリババが煌帝国の化け物に襲われたことをカシムは知っていた。それを知って何故戻らなかったのかと叫ぶアリババにカシムは言った。「シンドバッド」の元へ戻ってたまるか、と。

悪い人じゃないというアリババの言葉を遮って、カシムは続ける。シンドバッドは他国の王族であり、「霧の団」を馬鹿にした。絶対に許せることではない。苦々しい表情を浮かべるカシムを見て、アリババは言い返した。バルバッドを救うにはシンドバッドの力が必要だった。
もう、自分たちだけではどうにもならない。にも関わらず、カシムは不敵な笑みを浮かべている。

「俺たち以外にも、この国を変えたい奴らは山ほどいるぜ? それは、国民だよ」

長く続いた圧政に国民の我慢は限界に達している。そして現在持ち上がっている「国民総奴隷化計画」という政策。それを国民たちが知ったらどうなるか。武器を与え、扇動すれば―――大軍勢となるだろう。

「そして、現王政を倒す!」




アリババが廃灯台を出て行くのを、ハルは塔の上階から見ていた。ついて行ったほうがいいのか、そっとしておくべきなのか。出口まで降りたところでハルの足は止まった。人気の無いところで棒立ちし考え込むハルのことを、ホテルの厩舎から連れてこられた愛馬が見つめている。

煌帝国との衝突もあった。やはり一人では危険だろう。そう判断したハルが早足でアジトを出て行く。そんなハルの視界に映ったのは、出て行った時とはまるで別人のような表情で戻ってきたアリババの姿だった。